【コラム】
神社の源流を訪ねて(28)

天日槍と神社の祭祀用具

栗原 猛

◆ 八種類の神宝と熊神籬

 神社信仰と切り離せないのが神宝や祭祀器具である。神宝では天日槍の神宝、瓊瓊杵尊の天孫降臨の際に携えて来た神宝、石上神宮の10種の神宝、宗像大社の神宝などが知られる。

 また『古語拾遺』(807年)には、倭姫命が天照大神を伊勢に祀らせた記事に「此の御世に、始めて弓・矢・刀を以て神祇を祭る。更に神地・神戸を定む。又新羅の王子、海檜槍来帰り。今但馬国出石郡に在りて大きな社と為れり」とある。古事記、日本書紀ともに渡来の天日槍の神宝や巡歴にかなりのスペースを割いているところ、天日槍の動向は大和でも注目される存在だったようだ。

 ただこの神宝は古事記と日本書紀とで、名前や数が大分異なっている。日本書紀の崇神天皇3年の条にある神宝は、羽太玉(はぶとのたま)、足高玉(あしだかのたま)、鵜鹿鹿赤石玉(うかかのあかしのたま)、出石小刀(いずしのこがたな)、出石桙(いずしのほこ)、日鏡(ひのかがみ)、熊神籬(くまのひもろぎ)の7種類。ただ別書は、「膽狭浅大刀(いささのたち)」が加わって8種だ。
 どのように使われたのか不明とされるが、例えば桙、玉、小刀、鏡は三種の神器との関係がうかがえる。

 一方、古事記では「浪振比礼、浪切比礼、風振比礼、風切比礼、奥津鏡、辺津鏡」など8種。森浩一氏は「記紀の考古学」で、3種の神器、石上神宮の10種の神宝、「前期古墳の副葬品の組み合わせ」に似ているという。
 上田正昭氏も「石上の神宝と祭祀」で、「瀛都鏡(おきつかがみ)、辺都鏡(へつかがみ)、蛇比礼、蜂比礼、品物比礼(くさぐさのもの)」など、「古事記にある天日槍の10種の神宝に近い」。名称から航海や漁業の安全にかかわる祭祀用具とみられている。

 熊神籬は、瓊瓊杵尊が降臨の際、携えて来た天津神籬との関係で注目されている。三品彰英氏は「天日槍が鉄の採掘や製鉄技術を持っていたこと、神を招く祭祀である日槍を携えていることなどから、新しい祭祀をもたらした人々ではないか」とみる。また神籬にかぎらず、古代神道関係の用語には日韓同源語が見られることも大きな特徴とされる。
 たとえば金達寿氏は、熊は古朝鮮語では「コム」で「神聖な」、「ヒ」は霊力、「モロ」は森の古形なので、「熊神籬は神の降りて来る神聖な場所で、神社祭祀一式」と指摘する。

 日本に現在、神社はおよそ9万社あり、八幡と稲荷両神社がその半数を占めると言われる。いずれも新羅・伽耶系の渡来人の秦氏が崇敬していたとされる。
 日本の神社は仏教とともに国から手厚く保護された。一方朝鮮半島では儒教や仏教で国造りが進められ、神社に相当する祠堂は「堂」(たん)は、現在も見られるが、過去には賤視され弾圧された歴史がある。したがって天日槍の一行は迫害を避けようと、祖先の祭祀器具などを携えて渡来したとも考えられるようだ。

 (元共同通信編集委員)

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