【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

少数民族武装組織の攻勢は国軍支配の転機となるか:ミャンマー

荒木 重雄

 2021年の2月1日、ミンアウンフライン総司令官率いる国軍がアウンサンスーチー氏らを拘束し、クーデターで政権を奪取して以来、今月末で3年が経つ。その間、国軍の熾烈で過剰な軍事行動によってほぼ完璧に抑え込まれてきたミャンマー社会だが、ここにきて転機の兆しが現れてきたように見える。各地で少数民族武装グループが国軍への攻撃を始めたからである。

◆国軍に内部崩壊の兆し

 ことの発端は、昨年10月27日、北東部シャン州で、この一帯を拠点とするコーカン族の武装組織・ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)とトーアン族の武装組織・タアン民族解放軍(TNLA)、および、西部ラカイン州が拠点のラカイン族武装組織・アラカン軍(AA)の三勢力が、「兄弟同盟」を結んで、一斉に「1027作戦」と称する国軍への攻撃を開始したことだった。
 「国軍の攻撃から国民の命と財産を守り、国軍の独裁を終わらせる」が、三武装勢力の共同宣言である。これに呼応して、東部のカヤー州のカレンニー軍(KA)、カレン州のカレン民族解放軍(KNLA)なども攻撃を強め、国軍に抵抗を続ける民主派勢力の国民防衛隊(PDF)との連携も進んでいる。
 
 戦局の推移は詳らかでないが、国境地帯の山林を拠点とする少数民族武装組織は、地の利を活かした戦闘を展開し、すでに300を超える国軍の拠点を攻略・占拠したと伝えられている。国軍は空爆や砲撃で反撃しているが、効果は乏しいとされている。
 
 なにより国軍を悩ませているのは、脱走兵の増加による兵力減少であるという。軍内部の統制が乱れ、士気も低下している国軍兵士は、少数民族軍の攻撃に遭うと容易に脱走したり投降したりする。
 ミャンマー軍の兵士は、家族とともに軍の施設内で集団生活を送り、相互監視や上官による洗脳で命令に背けない状態に置かれているとみられていたのに、これは異例の事態であろう。
 加えて、これまで軍に多くの兵士を供給していた地域を軍側が統治できなくなっていて、補充もできず、30万~40万とされてきた国軍兵力は現在、15万人を割るまでに減った(米国平和研究所)とされている。
 
 この事態に、抵抗勢力を「テロリスト」と呼んで弾圧に徹してきた国軍が、対話による政治解決を呼びかけるに至り、昨年末には中国の仲介で三武装勢力との会談に漕ぎつけている。しかし、先行きは見通せない。

◆少数民族と民主派勢力の関係

 ミャンマーでは人口の約7割の仏教徒ビルマ族が国の中央部の平野を占め、周りを囲む山地には135を数える少数民族が、精霊崇拝に加えて仏教、キリスト教、イスラム教などを信奉して居住している。
 
 この地域を植民地支配していた英国が、お家芸の「分断支配」で民族別・宗教別の統治をした影響もあって、独立に際しては、多数派ビルマ族政府と少数民族との間に自治権や諸々の利害をめぐる深刻な対立が起き、20を数える主要な少数民族が武装組織を備えて、中央政府軍との間で内戦状態に陥った。一時は、中央政府軍は首都ラングーン(現ヤンゴン)を死守するのみにまで追い詰められたが、やがて態勢を立て直し、以来、消長はあるが、少数民族武装組織と国軍との対立が続いてきた。

 1988年には、民主化闘争で軍事政権に追われたビルマ族の学生、知識人、僧侶などが、ジャングル内にあった有力少数民族カレン族のキリスト教系組織(カレン民族同盟KNU)の根拠地マネプローに逃れ、そこが、民族を超えた反軍政民主化闘争のセンターとして活況を呈したが、軍事政権が手を回した同じカレン族の仏教系組織(カレン仏教徒同盟DKBO)の攻撃を受けて陥落した、などという事件もあった。

 現在の軍事政権に対しても、それに抗して民主派が樹立した国民統一政府(NUG)の武装組織・国民防衛隊(PDF)に参加したビルマ族の若者たちが、ゲリラ戦の戦い方を学んだり武器の調達などで頼りにしているのは、カレン族など有力少数民族の武装組織である。

◆事態解決にはなお紆余曲折
 
 さて、話を現在の事態に戻そう。
 シャン州で攻撃を開始した三武装勢力は、「国軍の独裁を終わらせる」を戦闘の目標に掲げた。呼応する他の少数民族組織もそれに異存はない。勿論、連帯する民主派も国軍を倒すという目的を共有する。
 だが、各勢力の思惑が必ずしも一致しているわけではない。少数民族勢力は、それぞれの拠点地域から国軍を追い出すのが当面の目標であり、自分たちが支配する地域を少しでも拡大したい野心もある。とくにシャン州北部には麻薬密売やカジノの拠点があり、コーカン族の武装組織・ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)には、それらの利権を保持する狙いもあるとみられている。
 
 ついでながら、中国で社会問題化しているオンライン詐欺集団の拠点もシャン州北部に多数あって、中国は友好関係にある国軍に取り締まりを求めてきたが、国軍の対応に満足できず、それが、少数民族武装勢力の一連の攻撃容認に繋がったとの見方もある。

 こうした複雑な利権がらみの思惑と、民主的な連邦国家をめざす民主化勢力の狙いには、少なからぬ齟齬も生じよう。
 
 また、国軍支配の打倒を最終目標に掲げる民主派としては、状況次第で、首都ネピドーや最大都市ヤンゴンにも一気に攻撃をかけたい意向をもつことが予想されるが、国境の山岳地帯や密林地帯でのゲリラ戦とは異なり、内陸の平野部では、火力に勝る国軍が巻き返す可能性が高い。
 
 政治的解決が必須の事態の打開には、まだまだ長い時間と、国際社会の積極的な関与が必要となろう。

(2024.1.20)
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