宗教・民族から見た同時代世界

就任1年を迎えて人気の高いローマ法王の改革は本物か

荒木 重雄

 ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王は去る3月、就任1年を迎えた。
 就任当初、非欧州出身の気さくで開明的な法王として、教会積年の旧弊打破への期待が寄せられた反面、「官僚派」と「改革派」の妥協からバチカン内に足場のないことが買われて選出された、ただ口と腰が軽いだけの人物とか、いやそれどころか、アルゼンチンで数万人といわれる死者・行方不明者をうんだ1970年代の軍事独裁政権と不透明な関係があった油断ならぬ人物とかの、冷ややかな視線もあったのだが、どうしてどうして、就任1年後には、イタリア国民の87%の支持をはじめ、各方面で絶大な人気を博している。それは法王の、慣例にとらわれず改革に果敢に取り組む姿勢からにほかならない。

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◇◇ 改革への覚悟は確かなよう
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 法王の改革への意志は、就任直後の、復活祭を前にした「洗足の儀式」から明らかになった。この儀式は、イエスが十字架に架けられる前日の最後の晩餐で12人の弟子の足を洗ったという故事にもとづくもので、伝統的にはバチカンのサンピエトロ大聖堂などで開かれ、法王が足を洗う相手はすべて男性で聖職者がほとんどだったのだが、なんと、新法王はローマ郊外の少年院を訪れて、そこで足を洗った12人には2人の少女が含まれ、しかもその1人はイスラム教徒であったのだ。

 今年の復活祭を前にしては、マフィア犯罪の犠牲者の遺族、約700人と面会し、遺族には「私はあなた方と共にいます。つらい話を聞かせてくれて、ありがとう」と慰め、マフィアに向けては「あなた方の金や力は血塗られている。地獄に堕ちぬよう悔い改め、悪行をやめなさい」と諭したという。

 しかし、なぜマフィア犯罪犠牲者なのか。これには、教会の資産を管理・運用してきた宗教事業協会(通称バチカン銀行)が、マフィアや極右・保守政治家のマネーロンダリング(資金洗浄)や不正融資の温床とされてきたことにかかわっている。

 カトリック教会の腐敗の象徴として引き合いに出されるのは、一つが、聖職者による児童への性的虐待である。聖職者が教会の権威の下に世界中で何万人もの子どもを虐待したことに加え、上層部がそれに気づきながら黙認・隠蔽してきたことが指弾されている。そしてもう一つが、バチカン銀行のマフィアや極右・保守政治家がらみの不正・乱脈経理である。

 フランシスコ法王は、これまでバチカンの官僚組織に属してこなかった「現場派」の枢機卿ら8人を諮問委員に任命して諸改革を断行中だが、最大の焦点がこのバチカン銀行の改革である。すでに財務部門を監督する評議会を外部の金融界からの招聘者を含めて創設し、銀行業務を担ってきた古参幹部も入れ替えた。

 こうした改革ができるのは教会内外の高い人気を追い風にしてのことだが、改革を阻もうとするマフィアから命を狙われる懼れも、現実的なこととして指摘されている。

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◇◇ 国際政治に弱者の視点で
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 これらの改革は、傑出した法王とされる先々代のヨハネ・パウロ2世が固めた体制を再編するものとなるが、他方、フランシスコ法王が先々代法王から受け継いでいるものもある。それは、積極的な外交や国際政治へのかかわりである。

 ヨハネ・パウロ2世は26年間の在位中に129の国・地域を訪れて「空飛ぶ聖座」とよばれ、東西冷戦の終結や人権の擁護、貧困の解消に力を傾けたが、先代のベネディクト16世は欧州での信徒復活を重視して外遊は少なく、「ジハード(聖戦)批判」の発言などでイスラム圏との摩擦も起こした。

 現フランシスコ法王は国際政治への関心が強く、昨年のクリスマスには世界に向けたメッセージで南スーダンやシリアの和平を訴えた。今年の年頭の各国在バチカン大使との会合でもシリアなど中東各地の紛争への懸念と緊張緩和を訴え、次いで、世界の政財界のリーダーが集う世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)には「政治と経済は人間の尊厳を考慮すべきだ」とのメッセージを送り、シリア和平会議「ジュネーブ2」にも使節を派遣して、無条件の即時停戦と避難民に対する人道支援の実現を求め、「対話こそが唯一の道」と訴え、すべての宗教勢力に対して「相互理解に努めよう」と語りかけた。

 法王の首脳外交はまた、オバマ米、プーチン露、オランド仏の各大統領やメルケル独首相など主要国に限らず、アッバス・パレスチナ議長、アウンサンスーチー・ミャンマー野党党首、ネタニヤフ・イスラエル首相、スレイマン・レバノン大統領、アブドラ・ヨルダン国王など多彩に広がり、法王が非欧米のいわば「周縁部」に目を向け、弱者、被害者、貧困者の視点から国際政治にかかわろうとしている姿勢がうかがわれる。
 5月に予定されている聖地エルサレムなど中東訪問ではその真価が問われよう。

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◇◇ 貧者の側に立つ教会をめざして
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 聖職者による児童への性的虐待問題についても、実際の被害者を含む諮問委員会を設け、再発防止策と被害者保護に力を注ぐ一方、カトリック教会が認めていない同性婚や離婚など家族のありかたについても世界の司祭に調査を求め、秋にはこうした問題を主題にした会議を開く。バチカンにとっては画期的なことである。

 「教会は貧しく弱き者と共にあるべきだ」を信念とするフランシスコ法王の改革は本物か。
生活苦を訴えるデモ隊までサンピエトロ広場に招き入れる法王に、保守派の一部からは「マルクス主義者か」との反発が出ている。バチカンは長年、共産主義を極度に警戒し、そのため極右政治家やCIAなどの暗躍の舞台ともなり、ベルルスコーニ元首相らイタリア政界の保守勢力の後ろ盾にもなってきた。しかし法王は、「マルクス主義は誤りだが、マルクス主義者にもよい人はたくさんいる」と、動じるふうもないという。

 だがしかし、「貧者や弱者の側に立つ」、「殺戮や不正義を終わらせるために、倫理的な法の力を」と説く法王の言葉が、単なるスローガンを超えて現実政治に意味をもつかは、別の視点から検証せねばなるまい。

 この項は、朝日新聞紙上の石田博士氏の報告から多くを得ていることを付記しておく。

 (筆者は元桜美林大学教授)


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