【コラム】酔生夢死

「日本ホメ」って何?

岡田 充


 書店をのぞくと、山のように積まれていた「嫌中憎韓本」に代わって、日本を誉め讃える「自己愛本」が目立ってきた。本だけじゃない。テレビのバラエティ番組も「所さんのニッポンの出番!」(TBS系)をはじめ、海外で活躍する日本人や「和の匠」の職人芸をとりあげて、日本を礼賛する番組の視聴率が高い。

 「嫌中憎韓」の大半は「中国が日本に攻めてくる」などの脅威論と「自由と民主のない共産党独裁国家は持たない」という崩壊論のワンパターン。ある書店の政経部門担当者は「わかりやすいストーリーを組み立てて、刺激的に書かれている」と、売れる理由を解説する。崩壊論は2000年ごろから売れ始めるのだが「明日にも崩壊する」と書いた中国専門家が責任をとったという話は聞いたことがない。「責任者、出てこーい!」と叫びたくなる。

 その無責任本の氾濫に比べりゃ「自己愛本」なんて、まだ可愛いじゃないかと思っていたら、これが大間違い。よく読めば「嫌中憎韓」の別の表現であることが分かる。それをわかりやすく説明してくれたのが、中国人の“爆買い”を報道するTVのニュースワイド番組だ。

 ことしの春節(旧正月)の2月末、日本を訪れた中国人観光客は約45万人。彼らが約10日間で落としたカネは平均25万円、合わせて1125億円也。消費が回復しない日本の小売業にとっては神様。売れ筋は、トイレの温水洗浄便座に電気炊飯器、ステンレス・ボトルにセラミック包丁だという。

 何を買ってもいいと思うのだが、問題は「爆買い」を伝える視線。「反日のはずの中国人観光客が、便座売り場に押し寄せています。中国製はすぐ壊れるので、品質のよい日本製を土産にするそうです」。レポーターが金切声をあげる。そこに透けて見えるのは、“成金中国人”への蔑みと、優れた日本製品に対する「日本ホメ」の眼である。嫌中の別の表現というのはそういう意味である。

 そこの50歳代のお母さん。あなたが20代だった30年前を思い出してほしい。ツアーで訪れたパリ、ローマ、ニューヨークでブランドショップに押しかけ、バッグにスカーフにネクタイと、我先に「爆買い」して、現地店員から眉をひそめられたことを。爆買い中国人は30年前のあなたの姿だ。

 爆買いを中国メディアはどう報じたか。共産党機関紙の人民日報(海外版)こう書く。「金に糸目をつけずに買い物をする観光客が持ち帰ったものは商品だけ。他国からのさらなる尊敬は持ち帰れなかった」。どうだろう。まっとうな批評ではないか。30年前、日本メディアがどう伝えていたか思い出せない。

 (筆者は共同通信社・客員論説委員)


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