【コラム】宗教・民族から見た同時代世界
泥沼状態のパレスチナ情勢だが幾筋かの光は差している
パレスチナ自治区ガザにおけるイスラエル軍とイスラム組織ハマスとの戦闘をめぐっては、開戦以来、関係国の努力もあって、幾度か停戦案が浮上したが、交渉が実を結ぶことなく、希望は消えていった。
たとえば、6月にメディアを賑わした、バイデン米大統領が公表した三段階からなる停戦案である。折からの風向きもあって、今度こそ実現するかと、一縷の望みを国際社会に抱かせたが、ところが直後に、イスラエル軍が、国連が運営する学校を空爆して子どもや女性ら42人を死に至らしめ、さらに数日後には、イスラエル人の人質4人を救出するために、パレスチナ人避難民274人を殺害し、700余人に負傷させるなど、暴挙とよぶべき軍事作戦を展開して出鼻を挫いた。
停戦の条件に、ハマス側が、恒久的な停戦とイスラエル軍の撤退を求めるのに対し、イスラエル側は、「ハマスの壊滅なくして戦争終結はない」と譲らない。
バイデン氏がホワイトハウスで麗々しく発表した停戦案は、じつは、イスラエルが提案したものだったが、ところがなんと、当のイスラエルに、停戦の意志はなかった。ネタニヤフ首相自身が「合意する可能性はきわめて低い」と語ったことが報道されている。
その裏にはもちろん、妥協すれば政権から離脱すると脅す、連立政権で主要閣僚を務める極右政党の党首らの圧力がある。
不可能な戦略目標と政権維持の野望。その混乱が、停戦の道筋が見えぬ背景である。
しかし、周囲からの目は厳しさを増している。この3カ月ほどの間の、注目される動きを振り返っておこう。
◆「いちご白書」再び
まずは、米国内の学生運動である。学内で散発的に起こっていたガザの惨劇に抗議する学生たちの行動を、昨年末、米下院共和党保守派が政治的思惑から、「反ユダヤ主義の容認」と断じて、ハーバード大など3大学の学長を公聴会に呼びつけた。ハーバード大とペンシルベニア大の学長は辞職に追い込まれたが、コロンビア大の学長は逆手に出て、4月、警察を導入して、学生を排除し、100人余を逮捕する挙に出た。
コロンビア大といえば、団塊世代には懐かしい、映画「いちご白書」で描かれた60年代末の米国学生運動の聖地である。このたびも、同大学の弾圧事件が飛び火して運動が全国に広がり、5月中に100を超える大学で3000人に及ぶ学生が逮捕されるまでに盛り上がった。
学生たちは、イスラエルやその後ろ盾となっている米政権への抗議とともに、大学が寄付金などの運用に、イスラエル企業や、ガザ紛争で利益を上げている軍需企業へ投資するのをやめるよう訴えている。
コロンビア大での弾圧を「素晴らしい仕事をした」と評したのは、いかにもトランプ氏らしいが、学生たちの動向は、イスラエルを支持するバイデン氏にとっても大統領再選に影を差す懸念の一つとなっている。
◆国際社会から迫る包囲網
スペイン、ノルウェー、アイルランドの欧州3カ国が、5月、パレスチナを国家承認したことも、イスラエルにはショックだろう。パレスチナはすでに140カ国余りから国家として承認されているが、G7の7カ国からの承認はなく、EU加盟国からの承認も少ない。比較的小国とはいえ、この時期での、しかも欧州からの承認は、改めて、西側主要国に承認を促し、オスロ合意に基づく「二国家解決」をあるべき和平プロセスとして支持するメッセージとして、また格別な重みをもつ。
さらにイスラエルに衝撃を与えたのは、相次ぐ、国際司法機関からの糾弾である。5月末、国際刑事裁判所(ICC、オランダ・ハーグ)の検察局が、ネタニヤフ首相とガラント国防相に、ハマスの幹部3人とあわせ、戦争犯罪や人道に対する犯罪の容疑で逮捕状を請求した。
カーン主任検察官は、「いかなる軍事目的を持つにしても、民間人の死、飢餓、多大な苦痛を意図的に引き起こすことは犯罪である」との声明を出している。
イスラエルや米国はICCに加盟していないが、加盟国はICCの捜査や訴追に協力する義務があり、逮捕状が発行されれば、ネタニヤフ氏らの国外での行動は大幅な制約を受ける。また、実際に逮捕状が発行されても、されなくても、イスラエル軍の行為が、広く、犯罪的と認識されたことに変わりはない。
これに追い打ちをかけたのが、数日後、国際司法裁判所(ICJ、オランダ・ハーグ)が出した、イスラエルへの、ガザ南部ラファでの軍事作戦を即時停止せよとの命令である。ラファには、イスラエル軍に追われ戦火を逃れた約150万人が身を寄せていたが、そこで苛烈な地上戦が展開されていた。
ICJは、昨年末、南アフリカの提訴により、ジェノサイド(集団虐殺)を防ぐ全ての手段を講じるようイスラエルに命じていたが、無視され続けた状況から、作戦停止に踏み込んだのである。
国連の最高司法機関であるICJの命令には法的拘束力があり、履行しなければ国際法違反になる。だが、従わない場合に強制的に執行する手段はない。イスラエル政府は「戦い続ける」との声明を出し、事実、不法な戦闘を継続している。
◆良心を力に転換できるのか
見てきたように、停戦と和平への働きかけの主体は、いずれも弱小である。米国の学生運動は少数派だし、欧州3国や南アフリカは小国である。国際司法機関もまた、微力である。しかし、これらの働きかけが、世界の良心の発露があることは確かである。これらの良心の発露を大きな力に転換できるかどうかに、パレスチナ情勢に留まらず、世界の未来はかかっていよう。
追記すれば、ICJでイスラエル提訴の原告となった南アフリカは、アパルトヘイト(人種隔離)への抵抗の歴史が国家原理となっている。ゆえに、ガザの状況は、かつての黒人居住区の経験と重ね合わされ、パレスチナ人を抑圧するイスラエルは「アパルトヘイト国家」と映る。その南アフリカでは、去る6月の選挙で、解放闘争の歴史を受け継いできた与党・アフリカ民族会議(ACN)が初めて過半数割れし、連立政権となったことは、いささか気がかりだが、ICJ訴追についていえば、南アフリカを支持して、中南米のニカラグア、コロンビア、北アフリカのリビア、エジプトが原告に加わり、トルコやアイルランドも参加の意向を表明していることは、心強い。
(2024.7.20)
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