【社会運動】

アメリカの農業政策が生み出す肥満問題
—生活クラブ原則の有効性を考える—

植田 敬子

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 アメリカ人の健康を蝕む肥満。その原因を探っていくと、
 1970年代から始まったトウモロコシや大豆耕作への過剰な補助金政策が
 浮かび上がる。
 アメリカは、大規模で「効率的」な農業を推進することで生産コストを抑え、
 日本をはじめ多くの国への輸出を拡大している。
 アメリカ国内ではそのあおりを受け、生鮮野菜が高価格となり、より安価な
 ジャンクフードを選ばざるをえない人びとが出てくることになった。
 そして発生した肥満問題。間違った農業政策をストップさせるには、
 どんなアイデアが必要なのか?
 その解決策として、生活クラブ生協が培ってきた原則(方法論)の有効性を
 考察してみたい。
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◆◆ 農業政策とジャンクフードの関係性

 アメリカは、農業大国でありながら、人びとは非常に不健康で問題のある食生活を送っている。肥満問題の深刻化と、成人病を筆頭とした様々な病気の発症、結果としての短い寿命という不幸に彼らは直面しているのだ。その原因として、農業政策の誤りと、食品の工業製品化によってもたらされたジャンクフードの食べ過ぎがある。ジャンクフードは、安価だが高カロリー・低栄養で、栄養のバランスを著しく欠いた食品だ。
 アメリカの農業政策は、食料自給率を上げることと、儲かる農業を拡大することを目的としており、国民の健康的な食生活に主眼を置いてこなかった。健康を維持することや、そのための食生活は自己責任として考えられてきたのである。そして、今でもその考え方は根強い。しかし、健康維持が本当に自己責任なのかというと、そうとは言い切れないことは、アメリカの農業政策の帰結を見れば明らかだ。
 農家に補助金を与えて、有限な農地をトウモロコシや小麦、大豆などの生産に使ってしまったがために、他の野菜や果物の供給量が減ってしまい、それらの価格がジャンクフードよりも高価になってしまった。そのため貧困層が暮らす地域では、生鮮野菜や果物が売れなくなってしまい、販売する店もなくなってしまった。貧しい人びとは野菜や果物よりも安価なファストフード等のジャンクフードを食べることになり、結果、貧困肥満が深刻な社会問題となってしまったのである。こうした事態を自己責任として人びとの問題に帰すことができないことは明白だろう。

◆◆ 「肥満が蝕むアメリカ社会」の医療費と食費

 アメリカでは、肥満への危機感がかつてないほどに高まっている。しかも今では肥満問題が深刻なのは成人だけでなく、むしろ子どもである。それを解決するために、オバマ政権はホワイトハウスに作業部会を立ち上げた。2010年5月に提出された報告書では、以下のような事柄が列挙されていた。

1.2歳から19歳の子どものうち、31.7%が過体重か肥満[注1]である。
2.2000年に生まれた子どもの3分の1は、将来、糖尿病になるであろうと予測される。
3.肥満の成人は、正常体重の成人よりも毎年1,429ドルも多く医療費を支出している。
4.国全体でみると、肥満に起因する病気への医療費支出は1998年には400億ドルだったのが、2008年には1,470億ドル(1ドル120円で換算すると17兆6,400億円)にまで上昇していた。
5.17歳から24歳までの4分の1が太り過ぎで、軍の兵役審査に合格できない。
6.このままだと現代のアメリカ人は、親の世代よりも平均寿命が短くなる。
7.肥満のために職場での欠勤率が高くなり、労働生産性の低下が起きている。

[注1]成人の場合にはBMIが30以上を肥満、25.0と29.9の間を過体重と定義づけられている。未成年の場合には性別、年齢別に細かく分類した上で肥満と過体重となるBMIの値が定められている。

 このように子どもの肥満問題を巡る報告書には、アメリカ社会の根幹に関わる重大な指摘がなされていたのである。
 アメリカは、医療費への支出が高いことでも知られている。GDPに占める医療費支出比率はOECD諸国の中で1位、さらに医療費支出における私的負担比率も突出しており、これも1位である。アメリカ国民は自分の財布から、高額の医療費を負担しているというわけだ。
 消費支出に占める食費と医療費の比率の推移を見てみよう(表1)。

(表1)消費支出に占める食費と医療費の比率
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 GDPに占める医療費比率は1950年から増加し続け、2013年には全消費支出の約4分の1を占めるまでになっている。逆に、食料費支出の占める割合は低下の一途で、2013年には13%足らず。アメリカにおける医療費支出比率の高さと食料費支出比率の低さは、他国と比較しても顕著である。因果関係の証明はできないが、二つの説明が可能だ。一つは低価格で不健康なジャンクフードばかり食べ続けることで病気になり、医療費がかさむという可能性。もう一つは医療費が高いために食費にさける金額が減り、低価格のジャンクフードばかり食べるようになったという論理である。
 いずれにせよ、これだけ多くの医療費を費やしているにもかかわらず、アメリカ人の健康寿命も平均寿命もOECD諸国の中では最短で、肥満度は1位。アメリカは現在、OECD諸国の中では突出した医療費をかけているにもかかわらず、国民の不健康度もほぼ最悪という状態だ。肥満に起因する糖尿病や心血管疾患で死亡する確率も極めて高いのだ。

◆◆ 肥満問題の影にニクソン政権時代の農務長官がいた

 この国で肥満傾向が顕著になり始めたのは1980年代からである。肥満度を表す「ボディマス指数(BMI)」が30以上の成人比率は、1976〜80年には15%だったのが、2007〜08年には34%になり、子どもや未成年者の肥満率は同期間に5%から17%へと3倍以上に増えた。「ボディマス指数」が30以上の成人人口に占める割合を他国と比較すると、アメリカは33.7%でOECD諸国の中で1位である。日本は3.3%であるから、日本の10倍の肥満率だ。
 1人当たりのカロリー摂取量も、1970年代後半から増加傾向にある(図1)。

(図1)アメリカ人1人当たりカロリー摂取量
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 その時期から急にアメリカ人が大食嗜好になったとは考えられない。環境要因に何か変化があるはずだ。それを探っていこう。

 グラフを見てもわかる通り、1980年あたりを境に、アメリカではカロリー摂取量が増え、同時に肥満も増え始めた。1970年代にニクソン大統領に農務長官として指名されたアール・バッツは、食料政策の大転換を図った。肥満の増加は、その政策転換が大きく影響していると言われている。バッツは農家の支持を得るために、トウモロコシや大豆に補助金を出すことで大増産を達成し、輸出も増やし、農家所得を上昇させた。補助金のおかげで1970年代中ごろにはトウモロコシの生産量は史上最高を記録した。
 ちょうどその頃、トウモロコシを原料とする「高果糖コーンシロップ」(以下、シロップと略記)が開発された。このシロップは砂糖の6倍の甘味をもたらす上に砂糖よりも安価であったため、砂糖の代用品として積極的に使われるようになった。炭酸飲料等の甘味としてはシロップが最終的には砂糖にとってかわった。さらにシロップにはベーカリー食品に自然な風味をもたらすほか、いつまでもフレッシュな風味を維持でき、冷凍食品の冷凍焼けも防げるといった特性があったため、1970年代後半からは加工食品の大量生産に多用されるようになった。
 このようにトウモロコシへの需要を拡大したシロップであったが、当時から食品科学の専門家たちはその化学的特性から、砂糖などの甘味料以上に、人体を肥満に著しく導く物質であることに気付いていた。しかし、多量に摂取しなければ問題ないということで、この問題点は見過ごされた。トウモロコシは遺伝子組み換え技術が適用され、政府の補助金も綿花を除くすべての農作物の中で一番多く、アメリカでの生産額は35%と、世界一である。

 『雑食動物のジレンマ』(東洋経済新報社、2009年)というベストセラーでアメリカ人の食生活に影響を与え、食と農と生態系に関する著作に対して数々の受賞歴のあるマイケル・ポーランは、自著の中で次のように述べている。
 「ある生物学者が人体の元素を調べる研究で、アメリカ人とメキシコ人を比較したところ、アメリカ人のほうがトウモロコシの摂取量が多いことがわかった。そこでこう言ったという。『アメリカ人はコーンチップに足が生えているようなものだ』と」
 これは甘い飲料や加工食品からのシロップの摂取に加えて、あらゆる食肉の飼料がトウモロコシであるため、牛、豚、鶏いずれを食べようと、間接的にトウモロコシを摂取していることになってしまうためである。

 さて、アール・バッツは大統領がニクソンからフォードに変わった後も引き続き農務長官に任命され、今度は自由貿易を推進することによって、マレーシアなどから安価なパーム油を大量に輸入できるようにした。パーム油は植物から採取されるにもかかわらず、まるで牛や豚の油のような飽和脂肪酸で人の健康に悪い影響をもたらす。その事実を知っていながら、そのことを公表したり、明言する専門家はいなかったため、人びとにパーム油が飽和脂肪酸であるという情報がもたらされることはなかった。
 初めのうちは用途が限られていたパーム油であったが、1970年代中ごろから技術革新が進み、フレンチフライを揚げたりマーガリンを作ったり、クッキーやパンやパイにも使用が可能となり、用途が広がっていった。現地では、パーム油の輸出で儲けるために熱帯雨林の伐採が進み、生物多様性が損なわれていることが大きな問題となっている。

 シロップとパーム油のおかげで、炭酸飲料や清涼飲料水、冷凍食品、TVディナー、箱入りマカロニチーズ、ファストフード店の揚げ物は低価格になった。すべてバッツの政策の影響である。しかし、加工食品の低価格化はそれだけが原因ではなかった。製造現場だけではなく、流通においても、炭酸飲料や加工食品などの低価格化を可能にする技術革新が起こっていた。

◆◆ 食品加工業とファストフード業界が成長できた理由

 1970年代には、巨大スーパーマーケットチェーン、ウォルマートが、それまでの大型小売店が経験したことのない急成長を始めていた。ウォルマートは「POSシステム(商品を販売した時点での情報を管理する手法)」の導入という先見性に富んだ情報戦略を導入し、いち早く売れ筋商品を店頭に並べたことで、販売量が急増。その強大な販売力を武器に、仕入れ先との交渉力を高め、どの小売店よりも大幅な値下げを勝ち取っていった。低価格を実現するために可能な限りあらゆる無駄を省き、労働条件の切り下げにおいても容赦なかった。
 もともとウォルマートは雑貨店としてスタートしており、試験的に食品の販売を始めたのは1990年代である。そして2000年末には全米ナンバーワンの食品小売業チェーンへと成長した。食品についても低価格戦略を重要視したが、特に工業製品のように扱える加工食品で低価格の実現に成功した。しかし、生鮮野菜や果物の流通では、加工食品のやり方をそのまま用いて低価格化を実現することは難しかった。

 アメリカ労働統計局が公表している、2000年〜2015年までの品目別の消費者物価指数(表2)を見ていただきたい。すべて1982〜1984年の物価を100とした時の指数である。

(表2)各種食品の物価指数(1982〜84年を100とした指数)
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 この表からいくつかの興味深い点が読み取れる。1982〜1984年の価格水準と比較して、生鮮果物と野菜は3倍以上に値上がりしており、すべての食品の中で最も高い価格上昇率を示している。次に高い上昇率を示すのは魚介類、肉類である。
 それ以外の食品は食品全体の平均物価上昇率よりも低い。加工品と冷凍品は1.5倍、調理済みサラダは1.2倍である。その理由として考えられるのは、技術革新で加工や冷凍に要する費用が安くなったことと、生鮮品よりも安価な野菜や果物を海外から低価格で輸入可能になったこと、加工品や冷凍品のほうが生鮮品よりも工業製品のように効率的に流通させることができるなどであろう。肉についても同じことが起きている。肉の価格上昇率は2.6倍に対し、加工品のベーコン、朝食用ソーセージ類の価格上昇率は1.5倍である。肉自体は、バッツのおかげで低価格を維持しているトウモロコシを飼料として育てられるために、果物や野菜に比べると価格上昇率は低い。
 トウモロコシの補助金で、安価なシロップを材料として使用する炭酸飲料や人口甘味料の価格上昇率もやはり低い。安価なパーム油は、脂肪と油脂、冷凍食品全般、スナック、外食の低価格維持に貢献したのである。外食およびスナックの相対価格も低くなっている。ファストフードを指す「限定サービス付き」のみならず、「完全サービス付き」の外食も相対的に安くなっている。
 バッツの政策によってもたらされた「恩恵」は2015年の現在も続いており、それが肥満をもたらしているのである。ウォルマート隆盛の背景にある、食品加工業やファストフード業界が成長できた理由をまとめると、以下のように考えられる。

1.食品加工の技術革新が進み、大量生産が可能になった。
2.添加物等の開発により、日持ち・風味の劣化しない加工食品を作ることが可能になった。
3.グローバル経済の進展で海外労働者を低賃金で雇い、素材の調達もしやすくなった。
4.国内でも未熟練労働者の賃金が、低レベルに据え置かれた。
5.IT技術の発達で効率的な大規模流通が利益を生み出すようになった。
6.マーケティング技術の発達で宣伝広告の効果が大きくなった。

◆◆ 増え続ける外食と食品情報の「非対称性」

 「各種食品の物価指数」(表2)で見たように相対価格の変化にともなって、消費量がどのように推移したかを知ろうとしたが、全く同じ分類方法に基づく消費量の統計資料は得られなかった。そのため、それに近い分類として、米国農務省(USDA)が公表している統計資料を利用してみた。これは1人当たりのカロリーがどのような食品の摂取によって構成されているかを示している(表3)。

(表3)摂取カロリーの構成比
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 カロリー摂取量についてみると、1970年にはアメリカ人1人当たり(廃棄量調整後)2,039カロリーだったのが、2010年には2,544カロリーとなり、505カロリー増えた。その内訳は、穀物(主に精製された穀物)が173カロリー、添加された油脂および脂肪が225カロリー、添加された砂糖および甘味料が34カロリー、果物が13カロリー、乳製品が26カロリー、肉、卵、ナッツが20カロリー増加し、野菜だけが4カロリーの減少である。表3の「摂取カロリーの構成比」の分類方法に従えば、果物および野菜の合計では9カロリーの増加であるが、その増え方は最小である。全摂取カロリーに占める割合でみると、増加したのは添加された油脂、脂肪、乳脂肪と小麦およびシリアル製品の2品目であり、これらはほとんど加工食品として摂取されるものである。

 外食はどれくらい増加しているのだろうか。表4は、農務省が公表している資料で、1人当たりの食費を、「内食費:家で食べるための食費(Food at home)」と「外食費(Food away from home)」とに分類したものである。

(表4)食費の内訳
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 2013年には、食費の中で外食が占める割合が半分にまで増えている。外食が相対的に安価になっているせいもあって、低所得者層は高所得者層よりも外食をする頻度が2倍高いことが、他の調査でも明らかにされている。
 相対的に安価であることが外食が増え続けたことの主要な要因であるが、調理時間を節約できるというメリットも、重要な要素である。女性が働きに出るようになり、外食への需要が増えてきたのだ。

 1980年代から肥満人口が増え始めたのは、その頃から高カロリー・高脂肪の加工食品やファストフードが野菜や果物と比べて安価になり、それらの摂取量が増え始めたことが原因と考えられる。またそれらは安価であるだけでなく、食事に要する時間の短縮にも貢献した。加工食品に多用されたシロップもパーム油も、多量摂取すれば肥満になりやすい物質であることがわかっていたにもかかわらず、公表されなかったことはすでに述べた。これは、生産者と消費者間の情報量の違いから生じる「情報の非対称性」の問題であり、市場レベルの失敗の一つである。
 例えばコーラはアメリカ人にとってはごく普通の飲み物である。その甘味付けが1970年代に砂糖からシロップに徐々に変わったことに、大方のアメリカ人は気付かなかったはずである。シロップの使用で安価になったおかげで、コーラの消費量は増え、シロップは砂糖以上に人を太らせるという二重の効果で、かつてない肥満をもたらした。これは正しい情報が消費者に与えられていないという意味での市場の失敗である。また政府がトウモロコシに補助金を出すことによって、シロップの生産原価を安くしているということは、コーラに補助金を出して低価格を実現しているのと同じ意味を持ち、こちらは政府の失敗である。

 農業の重要な目的として、国民の健康に資する農作物を提供し続けることがあげられるが、アメリカの農業政策は決してそうはなっていない。政府もやっとその誤りに気付き、肥満予防のための積極的な政策として、公立の小中学校でジャンクフードの販売を規制するだけでなく、学校給食の質の向上や食育にも力を入れ始めた。生鮮野菜や果物の消費を増やすために、農家が野菜を売るファーマーズマーケットでの購入に補助金を出す地方自治体も現れている。
 また、自分の食べているものがどこで生産されたのか、どうやって作られたのか、どんな成分が含まれているのかといった、食べ物についての正しい情報が、消費者には不足していることが多い。情報不足に起因する肥満を防ぐために、政府も対策を講じ始めている。例えば、肥満にならないためには何をどれだけ食べればよいかなどの正確な情報を、ウェブサイトで得られるようにしている。また大手ファストフード店には、自社のメニューの各々についての栄養表示を義務付けている。また子ども向けのジャンクフードの広告規制にも遅ればせながら着手し始めた。

◆◆ 解決策として生活クラブの原則(方法論)は有効か?

 このようにアメリカでも政策の転換が始められたが、その例として政府や市場の失敗の修正に効果的な活動として、「地域支援型農業(CSA:Community Supported Agriculture)」と呼ばれる、いわゆる「産直システム」や、生活協同組合の働きがあげられる。消費者サイドからは、自主的に地域支援型農業に参加し、新鮮な野菜や果物を産地から直接購入しようという動きが活発化している。
 アメリカ農務省の統計によると、2012年には1万2,617の地域支援型農業が活動している。地域支援型農業では会員が生産者にあらかじめ定額料金を支払っておいて、生産者から多種類の野菜等の供給を受けるようになっている。多くの地域支援型農業では会員は単に野菜を購入するだけでなく、畑に出向いて生産者と交流したり、場合によっては農作業を手伝う。当然、生産過程は会員にオープンにされている。地域支援型農業は有機栽培であることが多い。地域支援型農業が流行し始めたことにより、大規模化によって減少の一途だった家族経営の小農家が息を吹き返した。地域支援型農業は、まさに人びとの健康的な食生活に貢献する農業といえよう。

 この地域支援型農業のお手本となったのが、日本の産直運動や生協の活動である。生活クラブ生協の組合員である主婦たちも、安全・安心な牛乳を求めて生産者との「提携」を強め、ついには自前の牛乳工場まで建設した。生活クラブでは自分たちが取り扱う品物のことを「消費材」と呼び、一般に市場で売買されている物と区別している。その消費材を、消費者と生産者が信頼関係を土台にして両者が協力して扱っていく、あるいは作っていくのが提携だ。今のアメリカではTEIKEI(ていけい)という言葉が、そのまま英語としても通用する。そのくらい、アメリカの食料事情を変えようとしている人たちは、日本の生協運動の方法に注目したのである。
 なぜ、これほど注目したのかといえば、肥満問題の根底にある農業政策の失敗、あるいは市場の失敗の修正・変革を、政府が担えないことがわかってきたからだ。アメリカの食品加工メーカーは、自国政府の決定に影響を与えるだけの力をもっている。そのため修正や変革の可能性は、生産者と消費者との提携にあると考え出したのである。
 生活クラブでは生産者との提携関係をさらに進めて「情報の積極的開示」を原則にしている。それは、「消費材や事業内容に関する事柄について、安全・健康・環境に影響を及ぼす情報に関しては、たとえ不利益になると思われる情報であっても、私たちの相互間および地域社会の人びとに積極的に開示する」という内容だ。この原則(方法論)は、実際にアメリカの食料状況においてどのような変革をもたらすだろうか。

 まず考えられるのは、食市場の情報の不完全さを改善することができるということだ。現在、農産物であろうと加工食品であろうと、アメリカで一般に売買されている食品の中で、消費者がその商品についての、生産プロセスまでわかっているものは、ほとんどない。生産者と消費者との提携が確実に行われるならば、食品の原材料の産地や、使用している添加物、製造方法、より詳しい栄養成分の表示ができるはずだ。もしこれが実現できるなら、自分の体の健康管理のために食品の購入を控える人も出てくるだろう。それは将来的に肥満問題の解消につながっていくだろう。
 また、消費者の意識の変化も行われるはずだ。非常に倫理観が低く、自分では食べられないような物を利潤のためなら平気で売るような経営者が存在している現代の社会で、自分の健康を守るためには、消費者も情報を集めて適切な判断をすることが必要である。
 ある商品を購入するということは、それを支持するという意思表明であり、それが市場に存在することを認めるということである。市場、企業は消費者のニーズに応じて変化するものだから、例えば危険な添加物を市場から追い出したければそれを買わなければよい。これは消費者主権に基づく考えである。
 提携による食品の情報公開は、消費者の意識的な消費行動を培っていくだろう。そして何より消費者が市場の中心となる消費者主権という考えを多くの消費者にもたせるはずだ。これは当然、肥満問題の解消につながっていくだろう。
 生産者との直接提携を通して、消費者にすべての情報を開示し、より良い消費材を提供することで、生産者も消費者も守ろうという生活クラブの原則(方法論)は、今回この論考で説明したアメリカが抱えている食料問題、健康問題を解決する可能性があると、私は考えている。

 (日本女子大学教授)

<筆者プロフィール>
植田 敬子  Keiko UEDA  日本女子大学家政経済学科教授。
京都大学経済学部卒業、マサチューセッツ工科大学にて経済学博士号取得。専門分野は応用ミクロ経済学。約3年前より和光市並木農園と日本女子大学の間で有機野菜のCSA(提携)実施。

※この記事は季刊『社会運動』423号(2016・7)から著者および発行者の許諾を頂いて転載したものです。


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