【コラム】酔生夢死

病後の我儘記

岡田 充


 カツオ出汁に少し甘めのつゆのかけそば。ラードの効いたチャーハンと、こんがりと焼けた餃子。これにビールの一杯もあれば大満足。香港にモスクワ、台北と海外で生活して、腹が減った時に妄想する食べ物。そう、すべてC級グルメばかり。決してグルメじゃない。舌が記憶しているのは、ひとり2万円もする京料理や高級寿司なんかではない。さっと食べられて、空腹が満たされるC級グルメばかり。
 デミグラス・ソースがたっぷりかかったハンバーグも捨てがたい。目玉焼きが付いていれば何も言うことはない。小学生のころ、よく出前で注文したのは、日本蕎麦屋のラーメン。濃い目の出汁に焼き豚とほうれん草、鳴門かまぼこが乗っただけのシンプルなラーメンは、毎日食べても飽きなかった。そんな話をしていたら、友人は「ラーメンなんてお祭りの時にしか食べられなかった」という。彼にとってラーメンは、C級グルメじゃなくお祭りのごちそうだったのだ。

 どう、お腹空いてきたでしょう。なぜこんな話をするのか。実は少し体調を崩し、好きな食べ物を自由に食べられない。口中に口内炎ができて、喉を通らない状態が続いている。唾液の分泌が低下しているため、食べたものが口の中に残ってうまく喉を通らない。食欲はあるのに、十分食べられないのは結構つらいことを初めて知った。
 普段ならお腹が空けば、コンビニのお握りやサンドイッチ、弁当を食べればそれなりに満足する。残念なことにそれができない。
 朝食—。カリカリに焼けたクロアッサンにイチゴのジャムをたっぷり付ける。コーンスープにゆで卵とレモンティー。普通なら15分で平らげる朝食だが、いまは一時間もかかる。食べているうちに疲れてくる。味覚も落ちて、それこそ京料理の微妙な出汁の変化なんてお呼びじゃない。味の濃いもの、甘いものでないと「うまい」と感じない。おかげで体重は20キロも減ってしまった。

 友人から食事の誘いがあり、「どんなものなら食べられます?」と聞かれる。「中華なら香港粥に白身魚の甘酢あんかけ。ふかひれスープもいいなあ。和食だと卵雑炊と、茶わん蒸し。それにキスかメゴチの天ぷらがつけば十分。ウナギだと「ひつまぶし」の茶漬けがいい。洋食ねえ。シチューに卵料理。ロシアのボルシチも捨てがたいなあ」と答えている。
 「なんだ、C級グルメじゃないじゃないか。本格的グルメ料理ばかり。値段も結構するよ」なんて声が聞こえそうだ。普段は居酒屋でまずビール。酒の肴をつまみながらの食事だった。主食はアルコールだったかもしれない。今は、アルコールは口中にピリピリと刺激が広がり受け付けない。本当はC級グルメが好きなんだけど、それもままならない。もう少しだけ病後の老人の我儘を許してほしい。

 (筆者は共同通信社・客員論説委員)


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