【視点】

石破首相の姿勢をどう読むか

   ——衆院選がもたらす将来の社会は
羽原 清雅
    
画像の説明
 小選挙区比例代表並立制による10回目の衆院選挙が始まった。
 衆院選の結果をにらみ、政権の命運が決まる。その後2025年には東京都議選、次いで7月の参院選がある。
 政治と裏金をめぐって、まずは自民党政治の姿勢が問われる。急激な物価高に追いつかない賃金、鈍る経済環境、資金難に衰える学術研究、軍事・安保優先下の対米中外交、地球の気象変動と生活・生産サイクルの変化、女性の地位をめぐる課題、いまだに結論の出ない少子高齢化問題・・・・大小さまざまな課題が山積する。新政権に期待の空気が出ない中、これからの社会はどうなっていくのか。まずは、投開票の27日を見守りたい。
 
 石破政権の意味 大きく歴史をたどれば、石破政権は自民党長期政権のマンネリ化状態を切り替え得る権力であり、有権者の期待もそこにある。
 日本の政治は長らく、有力な首相がその後の後継首相を支配することで、変化は乏しく、新機軸欠如の状況が続いてきた。田中角栄支配(大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘→「田中曽根内閣」と言われた)、竹下登支配(宇野宗佑、海部俊樹、宮沢喜一)、そして非自民政権、突飛な社自政権などを経て、自民、民主3首相ずつの1年短命政権となり、次の安倍晋三支配(菅義偉、岸田文雄)の3度目の支配政権が続いた。
 支配下政権は政治方向を継続する代わりに、政権維持の基盤を支えてもらうため、自立した抱負をもって政局や政策を運用できない特徴を持つ。
 岸田前政権は、宏池会というひとつの個性を示した派閥に育ちながら、その轍を踏まず、表面的には穏やかながら結局、進む道は安倍軌道に沿ったものに終わった。
 
 石破首相は、首相の座を求めること5回、小派閥を擁しながら、理念を磨く努力をし、安倍手法、姿勢とは異なる方向を求めた。永田町の不評を地方の人気で補強し、安倍の亡霊をたぐりよせる高市早苗を危うくかわして、首相の座を手にした。
 いざ新機軸、と行きたいところながら、競合した高市、小林鷹之ら保守守旧派の勢力は強く、石破の処遇要請を蹴ることで、来る年7月の参院選後に石破勢力に対峙する構えのもと、石破カラーを発揮させない環境を築いた。政治とカネ問題の張本人である安倍派の面々は石破の動きに怒り、いずれは高市らに合流していくのだろう。

 党内対立の今後 石破の身動きをとれなくしたことで、緒戦は高市側の勝利だったといえよう。だが、目下の衆院選での非公認問題などでは切歯扼腕の状況で、当面はひたすら自民党議席の確保に動くしかなく、その点ではしばし一時休戦、呉越同舟で行くしかないようだ。
 選挙の結果とその後の取り組みはまだ読めないが、自民党の大きめの後退なら、保守守旧派は麻生太郎最高顧問を引き寄せて、ジャブを打ち続けよう。特段の事態が起こらなければ、当面は参院側の非公認問題も残されており、波乱には至りにくい。
 都議選を経て、7月の参院選の結果次第で、石破政権自体の命運が掛かってくる。
 それまでに石破人気が生まれるか、あるいは政権自体が泥にまみれるか。

 石破首相のリスク 石破首相誕生前後の発言には、問題が多い。総裁選挙と首相就任後の発言に齟齬が極めて多い。これは、選挙戦の中で票にどんな影響を与えるか。
 いくつかの問題を上げれば…
①<総裁選>裏金問題の説明責任を負う。政党のガバナンスを律する法律制定が急務。
 →(所信表明)問題議員と向き合い、反省を求め、ルールを守る倫理観の確立に全力。〔踏み込まず、抽象的に逃げる〕
②<総裁選>「アジア版NATO」の仕組みを作る。「日米地位協定」見直しに着手。 →(所信表明)〔言及せず〕
③<総裁選>改憲は、「自衛隊明記」が終わりでなく、9条2項の削除を主張する。 →(所信表明)憲法審査会で国民的議論を積極的に深めることを期待。〔明言回避〕
④<総裁選>選択的夫婦別姓は、姓を選べず、つらく、不利益を受けることは解消 →(所信表明)〔言及せず〕
⑤<選挙中>金融所得課税を強化。→(所信表明)〔言及せず〕
 初陣での用意不足などの事情はあろうが、新機軸がなく、注目点への言及を抑えてしまった。保守派や外交上への配慮はあろうが、早々に期待をそいだ形だ。

 核導入論文の危険 石破が総裁就任直前に米国シンクタンクに寄稿した論文がある。持論の「アジア版NATO」の創設、日米安保条約改定、さらに米国との核兵器共有や日本への核持ち込みを想定する内容である。総裁選出直後の9月29日に報道されたが、首相就任を前提とする時期に、である。
 石破の日米地位協定改定の発言は、歴代首相が放棄してきたものなので、歓迎されることもあった。しかし、その裏には核兵器の共有、核導入といったバーター構想があったのか、と思わせる。報道はなぜか あまり重要視した扱いではなかったが、石破の危うさがほの見えた感がある。米国のみならず、国内でもあまり重視されていないが、石破人事には、本人をはじめ内閣官房長官、外相、防衛相、党政調会長に防衛閣僚経験者を起用している。石破の軍事オタクぶりは知られたところでもある。このリスクを黙認はできない。
 そこへ皮肉にも、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)へのノーベル平和賞授与が決まった。直接の核被害者であるヒロシマ、ナガサキのみならず日本人総体の立場から、70年近く核廃絶を叫び続けてきた団体である。
 日本の歴代首相と政府は、米国の「核の傘」に依存することを日米同盟を結ぶ理由のひとつとして、しかも非核3原則を掲げながら核兵器禁止条約の署名すら拒絶状態にしている。「核なき世界」を提唱すべき国がその努力をも封じてきている。
 権力としての日本政府のトップが核兵器保有に参加しよう、との姿勢の一方で、国民の大半が夢を託す非核推進団体にノーベル平和賞が海外から贈られるのだから、皮肉というしかない。
 余談だが、朝日新聞はこの賞が贈られる日(10月11日付)の夕刊に「終わらぬ戦闘 平和賞の行方は」「中東での人道支援評価か」、ついでに「受賞者なしの年も」とまで、他人事のような紙面を作った。灯台下暗し、がメディアの日常感覚になってはいないか。
 とにかく、石破の見えにくい危険な部分を見落としてはならない。

 裏金と選挙 自民党の裏金議員をどう扱うかが、注目のひとつだが、中途半端な印象はぬぐえない。選挙前に、隠蔽、沈黙、無言などで逃げた党内だが、ほぼ最終的には①非公認は12人 ②党処分のあった役職停止、戒告の34人は公認、ただ比例区重複立候補は認めず ③比例区当選で裏金関与の3人は保留としたが、出馬せず ④非公認者への応援は黙認 ⑤これらの候補者が当選した場合は追加公認もあり・・・となった。
 政局を揺るがし、また政権党への不信を増大した結果としては甘い内容になった。選挙で有権者はどう判断するだろうか。

 またその一方で、尻ぬぐいの候補者に女性を大量に投入した。第2次追加公認の比例区のみの単独候補64人のうち女性は30人(46%)、それに第1次公認の小選挙区候補の女性が25人、比例区1人を合わせると女性は56人と過去最高になる。かねて女性候補が他党よりも比率的に少ないとの批判を、カネがらみの疑惑で比例区の重複立候補が認められない34人の候補者の穴埋め要員として無難な女性を大量に投入したことになる。どさくさまぎれにつけ込んだ妙策だが、女性進出のチャンスとしては悪い話でもない。
 
 リクルート事件後の政治改革をめぐる論議は、発覚から小選挙区選挙の実施までに8年余にわたって侃々諤々の論議があった。その歳月が議員たちに改革の必要を教え込んだだろうが、今度の政治とカネ事件は騒ぎを隠し、抑え、論議を避け、とにかく逃げ切りが図られた。
  有権者はこれをどう受け止めるか。選挙の結果が注目される。自民党はそれなりの力量を示すだろうが、有権者はこの混迷と政治家の腐敗をどうとらえるか。
 
 攻める野党は? 野党は敵失を狙い、浮上の好機とする。だが、どこまでやれるか。立憲は野党第一党として、やたらに「政権」を口にする。第1党として、政権を目指す手前、200人を超す公認候補者をそろえた。一応の構えに努めたことは認められよう。
 しかし、首相経験ある野田佳彦党代表のもとで、有権者はその政権能力を評価するかどうか。先に麻生政権を倒し、民主党政権を実現したが、不運にも東日本大地震と東電福島原発の事故の対応に遭遇、行政運営に不慣れなうえに思いもしない大激震に翻弄され、まだその傷は有権者の脳裏にある。
 
 政権能力はあるか さらに、自民党の長期政権に変わりうる政策の構築に成果が上がっていたか、それなりに自民党にとって代われる力量を身につけたか、そのあたりを有権者はどう見るだろうか。
 ブレーンを持たず、政策論議の様子が見えず、多様なグループや議員らの様々な派閥や支援組織の立場や意見をめぐって党内調整も容易ではない。しかも、政策作成のプロセスやブレーンなどの様子がメディアを通じて見えてこないことが、一層心もとなさを誘う。多様な意見を見せ、取りまとめのプロセスや状況をストレートに示せば、むしろその努力が評価につながるのではないか。当初はさまざまな反応に戸惑うだろうが、長期的にはオープンに政策論議を見せることが、有権者に努力の様子が理解され、問題処理の難かしさが納得され、説得力を持つことになるのではないか。とにかく密室状態は良くない。
 野党第一党は本来なら、自民党に対案をぶつけ、有権者にその比較を求めることで、野党への期待や関心を呼び覚まさなければ、政権を握る力量を認めてもらうことは難しい。
 さらに、かつての政権時代に官僚排除の姿勢を打ち出したことで、その蓄積した中立の立場を活用することができなかった。狭量が政権の弱体ぶりを見せつけたのだ。
 
 この選挙ではまず、政権の座を引き寄せることは無理だろう。
 自民党にはない政策の魅力を見せ、どちらの対応が望ましいか、官僚群の知恵も借りて、競争したらいい。敵失、風待ち、ムード待ちでは、政権が来たとしても、続くことにはなるまい。
 
 野党の連携は必要 野党第1党の立憲は、みずから他の野党との選挙共闘の道を蹴った。自民党の政治とカネの汚染ぶりから「勝てる」過剰な意識を持ったか、選挙の足場である労組を握る連合に気を使ったか、まず一定の成果を上げてきた共産党との共闘を除外した。
 維新、国民とも現時点では順調ではない。ほんとうに政権をとれる力量があるのか、と思わざるを得ない。政党は本来、自党の公約の実現を図らなければならない。だが、連立政権は、自民党が公明党に頼るように、異論はあっても一定の枠内で、また一定の期間に限って同調することはありうる。自民党も本来なら、他党の力に頼りたくなかろうが、この30年間、自民党は過半数の得票を得られないことから、公明党に依存してきた。 
 政権を持つ政党と、野党の連携は異なる。問題ごとの共闘を否定すれば、半永久的に政権は持てないし、国民世論が結集して政権に求めるような場合、自党の主張を譲りあい、調整可能にする関係は必要だろう。政党は世論の所在、その重要度を判断する能力も必要とされよう。
 小党が自己主張に純化するばかりでは、世論の求める大きな流れをつかむことはできまい。もっとも、世論に期待されない政党や、政局や政策、方向を見定められない幹部らであれば無理ではあろうが。

(2024年10月12日記)
                         (元朝日新聞政治部長)

(2024.10.20)
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