【「労働映画」のリアル】

第47回 労働映画のスターたち(47) 森繁 久彌

清水 浩之

 《働き者たちに愛される「働かせ者」…おとぼけ社長の人心掌握術》

 名曲「知床旅情」(1960)、ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』(1967~86)など、様々な分野で活躍したエンターテナー、森繁久彌さん(1913~2009)。労働映画の視点で注目したいのは、東宝サラリーマン喜劇の代表作「社長」シリーズだ。「もはや戦後ではない」と言われた1956年から、「人類の進歩と調和」が謳われた1970年までの14年間に計33作が公開され、高度経済成長期の会社員生活を明るく、楽しく描き続けた。

 シリーズの源流となったのは、1952年に作られた源氏鶏太・原作『三等重役』(監督・春原政久)。「三等」とは鉄道の三等車のことで、敗戦後に「戦争協力者」として公職追放された創業者一族から、会社の経営を委ねられた社員上がりの重役たちを揶揄った呼び方だ。森繁さんはこの映画で口八丁手八丁の人事課長役を演じ、4年後の『へそくり社長』(1956、監督・千葉泰樹)で「三等社長」に昇進した。

 《女房はコワイ!浮気はしたい!賞与(ボーナス)へそくる三等社長!》
 というキャッチコピーの通り、仕事らしい仕事をしている様子はあまり見られず、取引先の接待にかこつけた宴会三昧の日々。こんな経営陣で、会社は大丈夫?……と誰もが思うが、合理化だのコストカットだのに情熱を燃やす今どきのエグゼクティブとは違って、実務は部下にお任せという方針は、かえって働きやすいのかも知れない。仕事で頑張ったり無理をしたりするのは性に合わない感じの森繁社長は、職場を和やかにするムードメーカー、働き者たちに愛される「働かせ者」と呼べそうな好人物だ。そこには森繁さん自身の育ちの良さ、長い雌伏の日々を経て熟成された「人間味」も作用していると思う。

 大正2年、大阪・枚方で生まれる。祖父が幕府の大目付だった家柄で、「ええし(良家)の子」として不自由なく育てられた。早稲田大学に進んで演劇に打ち込むが、軍事教練の教官とケンカしたことから中退。兄の紹介で東宝に就職し、日劇の裏方を務めたり、古川ロッパ一座に加わったりと、現在進行形の戦争とは距離を置きながら修行の日々を送った。
 1939年、NHKのアナウンサー試験に合格し、満州・新京(現在の長春)の放送局に赴任。大陸の風土は肌に合ったようで、母と妻子を呼び寄せてのどかに暮らしていたが、1945年8月、日本の敗戦と同時に「第二の故郷」は消滅。一瞬にしてそれまでの生活を失った一家6人は、いつ死んでもおかしくない状況の中、1年半かけてようやく生還できた。

 帰国後も仕事が見つからず、闇商売に手を出して失敗したり、撮影所の俳優部に入れたと思ったのに「東宝争議」で失業したり・・・と、苦難の日々が続く。しかし、満州の頃から定評のあった芸達者ぶりを発揮できる場所を求めた末に、新宿の軽演劇場「ムーラン・ルージュ」の舞台で注目され、1950年から始まったラジオバラエティ「愉快な仲間」で人気タレントの仲間入りを果たす。この時すでに37歳だった。

 映画初主演作は、宮本武蔵のニセ者に扮した『腰抜け二刀流』(1950、監督・並木鏡太郎)。もっともらしい口調で相手を「その気にさせる」話術が戦後の観客に喜ばれ、以後もペテン師、詐欺師を度々演じた。『次郎長三国志』シリーズ(1953~54、監督・マキノ雅弘)でのお人好しの森の石松、『魔子恐るべし』(1954、監督・鈴木英夫)でのオネエ言葉のやくざなど、一見うさんくさいが陽気で人懐こい男のキャラクターを築いていく。

 1955年から56年にかけて、織田作之助『夫婦善哉』(1955、監督・豊田四郎)、永井荷風『渡り鳥いつ帰る』(1955、監督・久松静児)、谷崎潤一郎『猫と庄造と二人のをんな』(1956、豊田)と、文芸映画に立て続けに主演。女房や恋人を働かせて自分は遊んでばかりの「ダメ男」像を確立させる。さらには『警察日記』(1955、久松)の人情警官、『人生とんぼ返り』(1955、マキノ)での芸一筋の殺陣師など、傑作・話題作を連発し、日本映画黄金期のトップスターの地位を不動のものにする。

 「社長」シリーズに続いて、1958年には井伏鱒二・原作『駅前旅館』(豊田)から「駅前」シリーズが生まれ、1969年までに23作が公開される。こちらは商店街や住宅地を舞台に、昔気質の伴淳三郎と、戦後派のフランキー堺、その間に立つ「調整役」に森繁…といった人間関係から喜劇を展開していく。ここでも「働き手」は、もっぱら妻や家族が担っていた。

 大阪商人の一代記『暖簾』(1958、監督・川島雄三)や、誇り高きSL機関士を演じた『喜劇 各駅停車』(1965、監督・井上和男)など、地道に働く役も多いのだが、新宿のストリッパー事務所を舞台にした『喜劇 女は男のふるさとヨ』(1971、監督・森崎東)の“お父さん”のように、家族や従業員を気持ちよく「働かせる」存在感は、このひとの人徳あってこそだと思う。森繁流の人心掌握術、21世紀の経営者の皆さんにもぜひ応用していただきたい。

参考文献:『森繁自伝』森繁久彌(1962年、中央公論社)、『大遺言書』森繁久彌・久世光彦(2003年、新潮社)

しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター
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●労働映画短信

◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
 働く文化ネットでは、毎月第2木曜日に労働映画鑑賞会を開催しています。お気軽にご参加ください。(参加費無料・事前申込不要)
・会場:連合会館 201会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口すぐ)

◇次回のご案内
 2019年12月・2010年2月「特別企画:音楽労働映画」
<第65回 ~いつも仲間と音楽と一緒だった~> 2020年2月13日(木)18時から
・上映予定作品:『幸せはシャンソニア劇場から』
 2008年/フランス・ドイツ・チェコ合作/120分
 監督・脚本:クリストフ・バラティエ/出演:ジェラール・ジュニョ、ノラ・アルネゼデール
★1936年のパリ。不況で借金の形に取り上げられ閉館したシャンソニア劇場。裏方として長年働いていたピゴワルは、失業して息子と離れるはめに。彼は仲間と力を合わせ、劇場を占拠。息子と暮らすべく、劇場の再建を目指す。反ファシズム人民戦線の運動が高揚するパリを舞台に、劇場再建をめざす仲間たちの友情と連帯を、シャンソンの調べに乗せて描く群像劇。

 詳しくは、働く文化ネット公式ブログをご確認ください。 http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

◎【上映情報】労働映画列島! 1月~2月
※《労働映画列島》で検索! http://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
『プリズン・サークル』《1月25日(土)から 東京 渋谷 シアター・イメージフォーラムほかで公開》
 官民協働の刑務所「島根あさひ社会復帰促進センター」。受刑者同士が対話をして犯罪の原因と向き合うプログラムの過程を記録する。(2019年/日本/監督:坂上香) https://prison-circle.com/

『前田建設ファンタジー営業部』《1月31日(金)から 東京 新宿バルト9ほかで公開》
 架空の建造物を実際に作ったらどうなるか検証するウェブコンテンツを基に映画化。上司による突飛な企画を実現しようと奮闘するサラリーマンたちのドラマ。(2019年/日本/監督:英勉) https://maeda-f-movie.com/

『淪落(りんらく)の人』《2月1日(土)から 東京 新宿武蔵野館ほかで公開》
 事故で半身不随となった中年男性と、フィリピンから出稼ぎに来た若い家政婦。片言の英語で会話するうちに、互いに情が芽生えていく。(2018年/香港/監督:オリバー・チャン) http://rinraku.musashino-k.jp/

『ハスラーズ』《2月7日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》
 2008年のリーマン・ショック以後、不況のあおりを受けたストリップクラブの女性たちが、ウォール街の金融マンから大金を奪おうと計画するクライム・ムービー。(2019年/アメリカ/監督:ローリーン・スカファリア) http://hustlers-movie.jp/

◇名画座・特集上映
<全国>
【札幌シネマフロンティア/ほか全国58館】 2/7~3/5「午前十時の映画祭 男の闘い」…七人の侍/大脱走(2週ずつ上映)

<北海道・東北>
【帯広 とかちプラザ】「おびひろ自主上映の会」…1/25・26 人生をしまう時間(とき) 1/26 誰がために憲法はある 2/16 ポリーナ、私を踊る
【大仙市中仙市民会館】 1/25・26「優秀映画鑑賞会 市川崑監督特集」…野火/ぼんち/東京オリンピック/おはん

<関東・甲信越>
【南魚沼市民会館】 1/25・26「異才と鬼才~岡本喜八 鈴木清順」…日本のいちばん長い日/けんかえれじい/独立愚連隊/東京流れ者
【上尾市コミュニティーセンター】 2/7・8「日本映画名作劇場 今井正監督特集」…真昼の暗黒/純愛物語/また逢う日まで/青い山脈
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 1/21~3/8「戦後日本ドキュメンタリー映画再考」…忘れられた土地/黒部峡谷/ぼくのなかの夜と朝/仕事=重サ×距離/ザ・サカナマン/ニッポン国古屋敷村/五島列島の若者組/山谷 やられたらやりかえせ/妻はフィリピーナ/他
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 1/26~3/21「映画の中の子供」…風の中の子供/手をつなぐ子等/悲しき口笛/蜂の巢の子供たち/あすなろ物語/広い天/夕やけ小やけの赤とんぼ/お早よう/筑豊のこどもたち/先生のつうしんぼ/他
【東京 座・高円寺】 2/7~11「第11回 座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」…ヒューマン・フロー 大地漂流/鳥葬の国 ムスタン/教育と愛国/極北のナヌーク/これは君の闘争だ/セメントの記憶/共犯者たち/ボルトとダシャ マンホールチルドレン20年の軌跡/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 2/8~3/6「脚本家 新藤兼人」…舞姫/暁の追跡/千羽鶴/ひかげの娘/氷壁/真夜中の顔/背徳のメス/沙羅の門/強虫女と弱虫男/軍旗はためく下に/他

<東海・北陸>
【名古屋 シネマスコーレ】 1/25~2/7「生誕100年記念 異端の天才キム・ギヨン」…下女/玄海灘は知っている/高麗葬/レンの哀歌
【犬山市南部公民館】 2/1・2「名作シネマ鑑賞会 黒澤明監督特集」…羅生門/天国と地獄/わが青春に悔なし/酔いどれ天使
【福井 メトロ劇場】 2/22・23「福井日英協会設立30周年記念 感動映画祭」…英国王のスピーチ/乱/ニュー・シネマ・パラダイス/街の灯/黄金狂時代

<関西>
【京都みなみ会館】 1/31~2/13「Directed by 是枝裕和」…誰も知らない/そして父になる(週替り上映)
【東大阪 布施ラインシネマ】 1/24~2/29「布施ラインシネマのラストショー 87年間87本のさよなら上映」…ローマの休日/ルートヴィヒ/ディア・ハンター/スティング/生きる/飢餓海峡/愛がなんだ/他
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 2/8~28「追悼特集 女優・八千草薫」…宮本武蔵/蝶々夫人/夏目漱石の三四郎/乱菊物語/雪国/ハチ公物語/くじけないで/ゆずり葉の頃/他

<中国・四国>
【広島市映像文化ライブラリー】 1/22~2/2「エリック・ロメール監督特集」…飛行士の妻/美しき結婚/海辺のポーリーヌ/満月の夜/緑の光線/友だちと恋人/レネットとミラベル 四つの冒険/木と市長と文化会館
【江津市総合市民センター】 2/1・2「優秀映画鑑賞会」…伊豆の踊子(1974年版)/野菊の墓/時をかける少女/ぼくらの七日間戦争
【松山 シネマルナティック/他】 1/17~2/2「愛媛国際映画祭」…タンポポ/37セカンズ/サバイバルファミリー/がんばっていきまっしょい/家族のレシピ/東京物語/台北暮色/他
【善通寺市民会館】 2/9「名作映画鑑賞会 木下恵介監督特集」…野菊の如き君なりき/カルメン故郷に帰る/二十四の瞳/喜びも悲しみも幾歳月

<九州・沖縄>
【福岡市総合図書館映像ホール シネラ】 1/22~26「スタンス・カンパニーの軌跡」…五月 夢の国/地下の民/蜃気楼劇場/ターチ・トリップ/鳥の歌/ジャンクフード/W/O/ヘヴンズ ストーリー/石巻市立湊小学校避難所/菊とギロチン
【佐賀 アバンセ】 2/15「第6回 アバンセ映画祭」…君も出世ができる/エノケンの頑張り戦術/ジャンケン娘/大学の若大将

◎日本の労働映画百選
 働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』記念シンポジウムと映画上映会
  http://hatarakubunka.net/symposium.html

「日本の労働映画百選」公開記念のイベントを開催(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160614/1465888612

「日本の労働映画の一世紀」パネルディスカッション(働く文化ネット公式ブログ)
  http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/entry/20160615/1465954077

『日本の労働映画百選』報告書 (表紙・目次)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen_index.pdf

日本の労働映画百選 (一覧・年代別作品概要)PDF
  http://hatarakubunka.net/100sen.pdf

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