【コラム】
宗教・民族から見た同時代世界
米国大統領選ウオッチに宗教的視点は欠かせない
米国の大統領選挙では、経済政策に加えそのときどきの内政や外交が争われるのだが、そうした表向きの争点とは別に、毎回、ジャーナリズムの調査では、有権者の20~30%が、投票を決める要因に「道徳的価値」を挙げている。しかも、この項目での回答が他の項目を凌いで多い。
「道徳的価値」とは、すなわち、大雑把にいえば宗教である。この側面から米国大統領選挙を垣間見てみよう。
米大統領選で「宗教右派」の存在がとりわけ注目されるようになったのは、2000年の選挙からである。すなわち、民主党のアル・ゴアを破った共和党ジョージ・W・ブッシュを支えたのが、キリスト教福音派(エバンジェリカルズ)を中心とする「宗教右派」と「ネオコン(新保守主義者)」とよばれた新自由主義の信奉者であった。
福音派とは、聖書の記述をまるごと、天地創造からマリアの処女懐妊、キリスト復活、死後の天国まで、すべてそのまま信じることを旨とし、それゆえ、同性婚や妊娠中絶や進化論に反対し、伝統的な家族観・社会観の保持や親イスラエル=嫌イスラムの政治姿勢が顕著な人たちである。
プロテスタントではあっても、聖書をより柔軟に解釈する主流派プロテスタント(長老派、バプテスト、改革派、聖公会など)とは一線を画し、他宗教の信者を改宗させることを義務とも心得る、原理主義派である。この派の人たちが米人口の約25%を占めると推計されている。
「ネオコン」の方も、市場絶対の新自由主義者であるが、一方で、米国を神に祝福された特別の国と考え、米国の価値観と力を世界に広げることを神から負託された神聖な使命と信じる性癖があった。
こうした事情から推せば、アフガンやイラクへの武力侵攻をはじめとするブッシュ政権の諸政策は極めてわかりやすい。
◆ 賑やかな各候補の宗教的背景
ブッシュ政権2期後の2008年の大統領選では、各候補者の宗教的背景がバラエティに富んでいた。まずは、共和党予備選挙を戦った二人が、プロテスタント保守派で鳴らす南部バプテストの牧師経験をもつハッカビー前アーカンソー州知事、対、モルモン教徒のロムニー前マサチューセッツ州知事。
モルモン教とは、1830年にJ・スミスによって創設されたキリスト教の一派で、他のキリスト教徒からは異端とみなされるが、米大陸の古代住民に神が与えたとする『モルモン書』を聖書と並ぶ聖典として崇敬し、シオン(神の国)は米大陸に樹立されると信じる。一夫多妻制を認めていたことから迫害を受けて、各地を転々としたのち、当時メキシコ領であったユタ州のグレートソルトレイク地方に安住の地を求め、荒地や砂漠を開墾して独自の共同体を建設した。
多妻婚は廃止されたが、嗜好物を一切禁じる戒律などに支えられた共同体的な気風はいまに残り、現在、全米で約600万人の信者がいる。
だが、宗教票に支えられた二人はともに後退し、宗教色の薄いマケイン上院議員が共和党候補に躍り出たが、対峙することとなった相手が、「黒人教会」を宗教的背景とするバラク・オバマであった。
「黒人教会」とは、奴隷制以来の人種隔離政策の名残で、黒人居住区に設けられているプロテスタント系の教会である。その礼拝も独特で、説教者(牧師)はラップ調で熱弁をふるい、会衆はタンバリンを叩いて踊りながら、説教者と掛け合いで歌い、叫び、ゴスペル合唱に加えて、エレキギター、ドラムス、キーボードなどの楽器をガンガン奏で、やがては精霊を感じて恍惚感に浸るのである。
黒人大衆が文化的・社会的一体感のもとで解放されるこの空間は、かつてキング牧師がそこから「ワシントン大行進」に繋がる黒人公民権運動を展開したように、ときとして黒人人権運動や社会運動の拠点ともなる。
◆ 政権乗っ取りに成功した福音派
だが、宗教の政治利用の最たる政治家といえば、いわずとしれたドナルド・トランプである。彼が前回2016年の大統領選に際して、福音派の指導部にホワイトハウスへの「絶対的なアクセス権」を約束し、かわりに信徒たちの「教会の外での団結」を要請して、その結果、福音派の81%の票がトランプに集まり、当選の原動力になったことは、よく知られた事実である。
厳格、敬虔な信仰を旨とする福音派と、離婚や不倫を重ねたトランプとは、ほんらい価値観が相容れないはずだ。だが、ウインウインの政治的打算が勝った。
福音派の政治化が顕著になったのは1970年代からである。当時、ベトナム反戦運動に触発された黒人・先住民運動や女性運動が盛り上がり、性革命や対抗文化も広がって、伝統的価値観が崩れだした。こうした風潮に恐怖し反発した福音派が、大衆の保守的心情を掘り起こし、組織化し、権力を求めて接近したのが、ロナルド・レーガン時代の共和党であった。
トランプは、「絶対的なアクセス権」の約束を忠実に守った。福音派の聖書勉強会がホワイトハウス内で毎週のように開かれ、閣僚や政府高官が参加する。福音派幹部は自由に大統領執務室に出入りし、その働きかけを受けて、福音派で知られるペンスは副大統領の地位を不動にし、新たに就任した二人の最高裁判事は係争中の「妊娠中絶の制限」に合憲の判断を下し、中東政策では、エルサレムへの米大使館移転や、イランとの核合意からの離脱、さらにイスラエルにパレスチナ領内入植地の併合を認める中東和平案の提示や、アラブ諸国の連帯を切り崩すイスラエルとUAE、バーレーンの国交正常化の画策などを展開してきた。
福音派幹部の一人ゲイリー・バウアーは言う。「トランプ政権の評価は10点満点中11点だ。すべての約束を果たした」。
「共和党が福音派に乗っ取られた」とはジョージ・W・ブッシュについていわれたことだったが、ドナルド・トランプにいたってついに、政権まるごとが福音派に乗っ取られることとなった。
さて、11月の大統領選の結果はどうなることであろうか。
(元桜美林大学教授・『オルタ広場』編集委員)
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