【コラム】神社の源流を訪ねて(35)
細石神社(さざれいし)
◆「天孫降臨」の地は筑紫の日向
細石とは曰くありそうな名前だが、古くは「佐々禮石神社」と書いた。福岡県糸島市三雲の細石神社は、JR筑肥線波多江駅から田園地帯をバスで約10分。参道の両側に村社と彫った石柱が立ち、注連縄が渡されている。鳥居も立っているが珍しい形式だ。本殿はこじんまりしているが境内は手入れが行き届いている。
糸島半島の中央部で、魏志倭人伝にある有名な伊都の国である。天孫降臨の地にちなんだ伝承も伝わる。神社の案内板には、「祭神は磐長(いわなが)姫と、木花開耶(このはなさくや)姫の二柱―と書かれてあるだけで、古社にしては素っ気ない。
高天原から天降った天孫瓊瓊杵命(ににぎのみこと)は、国つ神である大山祇神(おおやまつみ)の二人の姉妹、磐長姫と木花開耶姫と結ばれるが、みにくい姉は父のもとに帰された。古事記は「花は美しく咲いても散るように天皇の命は短くなった。磐のように頑丈な磐長姫も大事だ」と説いている。
天孫降臨の地について、古事記では「筑紫の日向の高千穂の久士布留多気」とあり、日本書紀では「筑紫の日向の高千穂の槵触峰(くしふるたけ)」「日向の襲の高千穂の峰」の二通りあり、これが筑紫説と宮崎説になっていた。
宮崎説は、この神話は宮崎県日向地方のもので、南九州の隼人族の伝承を踏まえているとする。一方、細石神社の周辺には伊都の国王墓、南小路遺跡(紀元前一世紀の王墓と王妃墓)、鑓遺跡をはじめ朝鮮半島との交流をうかがわせる遺跡が多い。細石神社のある三雲は鏡、剣、玉など三種の神器を思わせる品々が出土している。
古代史家の田村圓澄氏は『筑紫の古代史』で、穀霊神や天孫降臨神話は朝鮮半島の新羅、伽耶辺りの王権神授説を指し示す神話と共通する点が多いとして、「『此地は韓国に向かい朝日の只指す国、夕日の日照る国なり』は、日向の宮崎ではなく、朝鮮半島に近い筑紫の日向がふさわしい」とする。
また宗像大社の項でも少し触れたが、日本書紀は天照大神が天孫の降臨を助けるために、「三女神を以って筑紫州に天降らしめ」とあり、それが玄界灘の沖ノ島の沖津宮の田心姫神など三女神とされる。朝鮮半島から島伝いに渡ってきたことがうかがえるが、東洋史学者の三品彰英氏は「駕洛国記」が伝える六伽耶国の建国神話と記紀の日本国建国神話を比べて、内容の重要な点は二つの建国神話が全く一致していると指摘している。
翌日、案内してくれた旧友の車は、背振山(せぶりやま、高千穂の峰)を越える峠に出た。背振山は「ソフリ」の転化で、古代朝鮮語で「都」の意とされる。峠には展望所があり「これより伊都国 日向峠」とある。降りて眼下にひろがる前原町や糸島平野を見渡すと、南西に王丸山(韓国)、北西に櫛触山(くしふるやま)その先には次に行く予定の高祖山が望めた。旧友は「日向三代の揃い踏みですよ」と笑った。左手に鉢を伏せたような秀麗な可也山(伽耶)もすぐ目の前にある。この地に半島南部から上陸した人たちが故郷にちなんでつけたのに違いない。
天孫降臨の地とされる「此地は韓国(からくに)に向ひて…」「朝日の直刺す国、夕日の日照る国」とは、朝鮮半島の海北(南朝鮮)の人々が海を渡って筑紫へ上陸して、この地で国づくりを始めた先祖に対する敬意の表現ではなかったかと思われた。
(元共同通信編集委員)
(2021.10.20)
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