【コラム】風と土のカルテ(16)

誰が研修医に「世の中」を教えるのか

色平 哲郎


 医師の後期臨床研修が、大きく変わろうとしている。2004年の新医師臨床研修制度の創設以来、各地の病院が前期・後期研修のプログラムを工夫し、研修医の確保に努めてきたことは周知の通り。初期研修に関しては、2015年度から臨床研修を開始する研修医の募集定員は1万1222人で、4年ぶりに増加している。大都市部がある6都府県(東京・神奈川・愛知・京都・大阪・福岡)を除く道県での募集定員の割合は63.4%に上昇し、新制度導入以降、最大になった。研修の受け皿の拡大と多様化は喜ばしいことだろう。

 しかし、問題は、その中身だ。

 2017年度には、専門医制度が激変する。医師は初期研修の後、内科や外科などの「基本領域」のいずれかに進み、3年以上の研修を受けて専門医資格を取得することになる。こうした変化に対応して、後期研修医に魅力ある教育を提供できるかどうかで、病院間の優勝劣敗が鮮明になり、病院の勝ち組と負け組がはっきりしてくることだろう。

 専門医制度の「基本領域」の1つが総合診療だ。「総合診療専門医」という資格が新たに設けられ、従来の内科専門医と並立されるほど重要視されるようになる。

 日本専門医機構の「総合診療専門医に関する委員会」は、総合診療専門医なる医師像を次のように定義している。

 「日常遭遇する疾患や障害に対して適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的に提供するとともに、疾病の予防、介護、看とり、地域の保健・福祉活動など人々の命と健康に関わる幅広い問題について、適切な対応が出来る医師。所定の研修カリキュラムを履修し、知識・技術・態度について専門医試験に合格した者」

 さらには領域別の専門医が「深さ」を求められるのに対して、総合診療専門医は「扱う問題の広さと多様性」に特徴があるという。具体的には健康増進や疾病予防から、小児科、高齢者ケア、終末期ケア、リハビリ、メンタルヘルス、救急、臓器別の問題などに対応できる知識と技術が必要とされる。

 少子化、超高齢化の進展とともに、地域の医療を支える総合医、家庭医のニーズが高まっている。新たな資格制度の創出は、そうしたニーズをとらえたように見える。

 では、誰が、どのように総合診療専門医の教育をするのか。日本専門医機構は、4月21日に公表したカリキュラム案で、指導医の候補として家庭医療専門医や日本病院総合診療医学会認定医などを挙げた。

 病院で臓器別に「深く」医療に取り組んできた医師に教育係は務まるまい。往診の経験すらなく、街のどこにどのような介護施設、保健機関、福祉施設があって、どんなキーパーソンがいるかも知らないような内科医が、若い医師に「地域・コミュニティーをケアする能力」など授けられるはずもないだろう。総合診療専門医が定着し、地域住民から支持される存在になれるかどうかは、指導者の質に左右される部分が大きいはずだ。

 手前味噌を承知で申し上げると、長野県で農村医療に取り組んできた佐久総合病院は、1968年以来、研修教育指定病院として一貫して「全科ローテーションシステム」を続けている。農村という地域での医療に総合的な視点は欠かせないからだ。

 卒後初期研修の目標は、基本的な知識、技術の習得とともに「コミュニティー(地域)から学ぶこと」であると私たちは教えられてきた。医師国家試験に合格し、白衣を着たからエライと思ったら大間違いだ。大学を出たての医者の卵は、コミュニティー、地域、あるいは「世の中」がどういうものか、まったくわかっていない。そこに入り、世間について学ばねばならない。

 佐久総合病院の創設者、故若月俊一総長は、病院内の研修医教育委員会の「卒後臨床研修医教育の理念とあり方について」というインタビュー(1996年12月19日)で、研修医教育の「理念」について次のようなポイントをあげている。

 http://irohira.web.fc2.com/d98_EduKenshuui.htm

(1)プライマリー・ヘルスケアやコミュニティー・メディシンの基本的知識や技術の習得とその精神を学ぶこと。
(2)「コミュニティー(地域)とは何か」をよく知り、その民主化を学ぶこと。
(3)卒前教育の専門技術主義の弊害を批判的に乗り越え、プライマリー・ヘルスケアの基礎を学ぶ。
(4)社会福祉、厚生事業、文化のあり方を批判的に学び、政治的視野を拡げることに繋げてゆく活動に参加すること。現実との妥協は必要と認識しつつ、権力との戦いを忘れないことが重要(若い時のヒロイズムは重要だが)。
(5)医師は本来技術者である。技術は社会的、歴史的なものであるという技術論をあらゆる場で学ぶ。
(6)真の「大衆論」が確立されていない中で、協同組合運動のあり方・基本的な価値を学ぶことが大切である。

 医療技術と呼ばれるものが、いかに社会科学や、広義の哲学・歴史と密接に関係しているか、いまさらながら思い知らされる。

 総合医は、もっと社会について知らねばならないだろう。そういう教育は医師だけでは担えまい。分野を横断した取り組みも必要だろうか……。

 (筆者は長野県・佐久総合病院・医師)

※ この原稿は著者の許諾を得て日経メデイカル2015年4月28日号から転載したものです。


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