【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

軽視されてよいのか、国際刑事裁判所(ICC)の判決

荒木 重雄

 傍若無人、やりたい放題のイスラエルに、遂に、国際司法の鉄槌! と思いきや、国際社会に吹く風の冷たさがむしろ身に沁む出来事であった。
 パレスチナ自治区ガザでのイスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘をめぐり、国際刑事裁判所(ICC)が、11月、イスラエルのネタニヤフ首相とガラント前国防相に、ハマスの軍事部門トップ、デイフ氏とあわせ、戦争犯罪などの容疑で逮捕状発行に踏み切った。これに対し、イスラエルは与野党が一斉に猛反発し、米国は非難を強め、欧州諸国はひよったのだ。
 ことの顛末を、関係者の発言から拾い出すと、国際社会の現状が浮かび上がってくる。
 だがその前に、ICCとはなにか、見ておこう。

◆やましい国々は非加盟

 ICCは、1998年の国連全権外交使節会議で採択された「国際刑事裁判所ローマ規程」に基づいて、2002年にオランダのハーグに設置された常設の国際裁判所で、国際社会の関心事となった重大な犯罪(集団殺害犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪)を犯した個人を、国際法に基づいて訴追、処罰することによって、同様の犯罪の発生を防止し、国際社会の平和と安全の維持に寄与することを目的としている。
 世界124か国が加盟しているが、米国、ロシア、中国、インド、イスラエルなど、重要な国々が加盟していない。米国が非加盟の理由は、自国兵士の戦闘区域での不法行為が訴追されることを避けるためと見られているが、他の国も、それぞれ、やましいところ、ありありだからだろう。

 日本は、珍しく、協力に積極的で、最大の分担金(ほぼ16%を占める約2400万ユーロ)を拠出し、日本人として3人目の判事、赤根智子氏が、今年3月から所長を務める。「国際社会における法の支配を強化し、紛争の平和的解決を促す」日本の外交政策に添うからだそうである。

 設立以来の捜査対象が、ウガンダ、スーダン、コンゴ、ケニアとアフリカずくめだったことから、西側諸国の戦争犯罪は問わず、有色人種国家を標的にする「国際白人裁判所」だと揶揄されてもいたが、“蛮勇”を奮ったかのように、昨年3月、ロシアのプーチン大統領他1人にウクライナ占領地域からの子ども連れ去り容疑で逮捕状を発行し、今年3月には、ロシアの司令官2人にウクライナの電力施設をミサイル攻撃したかどで、さらに6月にはでゲラシモフ軍参謀総長とショイグ前国防相に戦争犯罪の容疑で逮捕状を発行したのに続いて、11月21日、イスラエルのネタニヤフ首相、ガラント国防大臣、および、ハマスの軍事部門トップのデイフ氏に、戦争犯罪、人道に対する罪で逮捕状を発行した。なお、逮捕状の請求については、ハマス幹部のハニヤ政治局長、シンワル軍事部門指導者が含まれていたが、2人は発行までに死亡が確認されている。

 ICCの弱みは、逮捕状は出すけれど、執行する手段を持たず、身柄拘束などの執行は、協力する義務を負う加盟国の当局に委ねられていることだ。事実、プーチン大統領は訴追後、加盟国のモンゴルを訪問したが、モンゴル政府は、彼を逮捕しなかったばかりか、歓迎を尽くした。

 だが、せめて、ICCの逮捕状発行を、国際社会からの糾弾、「正義の声」として、受け止めてほしいものだが、現実は・・・

◆盗人猛々しい発言で居直る

 イスラエル政府はICCの決定を「反ユダヤ的」と、公然と非難し、「嫌悪感をもって拒否する」と返した。ネタニヤフ首相は、ICCは「人類の敵になった」とうそぶき、イスラエル国民を守るために「圧力に屈することはない」と居丈高に言明した。ヘルツォグ大統領も、ICCは「民主主義と正義ではなく、テロと悪の側に立つことを選んだ」と真逆のこと言い、ガンツ前国防相も、ICCの決定を「道徳観の欠如」とよび、「人類史上の恥ずべき汚点」と非難した。

 どの口が言うのか、と問いたいところだが、イスラエルの最大の庇護者を任じる米国も、バイデン大統領は「言語道断」と難じ、「拒否する」と述べた。次の上院院内総務になるジョン・スーン上院議員(共和党)は、「合衆国と同盟諸国が保護する人物を、捜査、逮捕、拘束、起訴しようとする者」に米国が制裁を科す法案を、急ぎ可決するよう上院に呼びかけた。

 欧州はまずは理念と法に律儀である。欧州連合(EU)の外相に当たるボレル外交安全保障上級代表は、ICCの決定は尊重され、実行される必要があるとし、「ガザでの悲劇を止めなければならない」と述べた。オランダとイタリアは、逮捕状が出ている3人が自国に来れば逮捕すると表明し、北欧など複数の欧州の国も、誰についてかは具体的に言明しないままICCの規則を順守すると述べた。

 フランスは、当初、ICCの決定を尊重するとしながら、イスラエルがICCに非加盟であることを理由に、「免責の対象になる」と前言を翻して、ひよった。英国はICCの独立性を尊重すると述べながら、イスラエルは重要なパートナーであり「あらゆるレベルでイスラエルと対話を行うことは重要だ」と述べた。オーストラリア、カナダは、恐らく、ICCの決定を尊重するだろう、とされている。

 なんとも心許ない状況であるが、ICCの赤根所長は、「ICCがあたかもテロ組織であるかのように」攻撃され、経済制裁の可能性や、職員への脅迫が相次いでいる現状に触れて、利害国からの、「ためにする政治化」の試みに断乎反対すると表明している。

 国際社会では「法の支配」がないがしろにされ「力の支配」が横行する趨勢にあるが、「所詮、そんなものさ」と達観せずに、危機感と怒りを共有したいものである。

 なお、ハマスは、デイフ司令官への逮捕状にはコメントせず、ICCの決定を歓迎して、「シオニストの戦争犯罪人であるネタニヤフとガラントに裁きを受けさせるため、裁判所に協力し、ガザ地区の無防備な民間人のジェノサイド(大量虐殺)阻止にただちに取り組むよう、全世界のすべての国に求める」としている。
 デイフ司令官は、生死不明である。

(2024.12.20)
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