【時世時節】

郵便貯金の没収は「詐欺師もどき」

羽原 清雅

 海外勤務の長かった友人が、800万円ほどの老後のための定額郵便貯金を20年たった今、支払ってもらえない、と嘆いている。全国2万4000もの郵便局が扱い、コツコツとためた貯金が没収されるという悲劇は、各地にあるのではないか。泣き寝入りでは済まされまい。
 国の関わった制度として信頼された庶民の金融機関に許されることなのか。民間の銀行ならありえない。念のためだが、現在のゆうちょ銀行の定額預金ではこの心配はない。
 問題の定額郵便貯金(定期、積立、教育積立などの郵便貯金を含む)は、郵政民営化以前の2007年10月に満期10年で預金、満期後20年2カ月以降そのままにしておくと権利は消滅し、そのカネは国庫に入る。国営時代の旧郵便貯金法の不備が、民営化以後にまで続いているのだ。
 満期になると、預金者には「催告書」という連絡が送られるが、転居や海外移住などで8割は連絡がつかないという。天災、事故のような場合は配慮されるが、引っ越し、長期入院、海外勤務、認知症、死去などの場合は認めにくいようだ。反応がなければ、催告書発送から2カ月で権利は失われる。
 また、満期から権利消滅までの期間は10年から20年に延ばされたものの、権利復活に必要な原簿の保存期間が10年のため、払い戻しの期間は伸びない結果になったままだ。しかも、預金の証書には「いつでもお支払いします」とあるが、権利の消滅については示されていないという。権利の復活については「真にやむを得ない場合」とあるが、その適用はかなり厳しい。このように、この扱いは預金者の立場には配慮なく、上から目線のお役所的な処理で済まされてしまうのだ。満期まで10年、催告から20年と長く、失念する人々が出たり、元の住所が変わったりするのはごく普通のことだろう。
 では、実際に預金者の不利はどのようなものなのか。2021年の場合、権利の消滅は約12万件、過去最高の457億円が国庫に入った。権利消滅の取り消しを求めた851件中、160件のみに利息付きで支払われた。1件当たり平均125万円。民営化後の権利消滅分は約2000億円超、満期後に払い戻されない貯金残高は4000億円を超す、という。
 しかも、支払いのケースは年々厳しくなり、17年度63%、18年度51%、19年度42%、20年度29%、21年度19%と狭き門になっている。つまり、審査の厳しさが国庫を潤しているのだ。不備の法律で国民をたぶらかし国のカネをふやす——ある種の詐欺の手法のようにも思える。勧誘時には甘い言葉をかけ、最後は法律を理由に収奪するのだ。
 郵政民営化の際に、郵政省はこの扱いをどのように考え、そのまま放置したのか。その事情を知りたい。民営化したゆうちょ銀行による改革は難しいだろうが、この問題を受け継いだ郵政管理・支援機構は旧法に変わる法制度を考えないものか。立法府たる国会は、国民の貯蓄をこのような厳しい制度を設けたまま収奪することを許容していいものか。社会正義は断固として守らなければならない。
 「郵便・郵政の父」といわれる前島密が郵便貯金を始めたのは1875(明治8)年5月、東京、横浜の「宵越しの銭は持たぬ」江戸っ子ら市民千人に貯金用として10~30銭を配ったが、10人に3人が通帳を作っただけだった、という。それでも「貯金預所の設け豈之を国家経済の要具と賛賞して大いに隆興せしめざるべけんや、・・・凡そ人強壮にして衰老の後を慮り健康にして疾病のときを慮り、妻子ありて之が養育を思ひ、暑にして寒、豊にして凶、皆其後を顧みざる者あらず、一念苟も此に至れば則ち節倹貯蓄を冀図する良心の端を発するなり」(「郵便創業談」)とその理念を残した。後継の関係者に読ませたい。
 ところで、冒頭に触れた小生の友人は、集団訴訟で法廷の判断を、の進言を取らず、泣き寝入りの道を選んだ。
 <この原稿は、山陰中央新報6月5日付で掲載されたものです>

                         以上 
(2023.6.20)
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