【オルタの視点】

革命国家としてのイスラム国(IS)
—危険の過大視は歴史の教訓に背く—

初岡 昌一郎


 アメリカの代表的国際問題専門誌『フォーリン・アフェアーズ』2015年11/12月号が、「ポストアメリカの中東」を特集している。基調的なトーンはアメリカの過剰介入が事態の混乱を悪化、拡大するとして自重を促すものである。特集に所収されている10編の論文の中から、現在注目を集めているイスラム国(IS)を論じた表記論文の要旨を紹介する。

 革命と革命国家の歴史的な経験の検証という視点から、この異端視されている勢力を冷静に観察している。過去のすべての革命は、それぞれの時代において危険視され、その伝播性が誇大視されてきた。テロとの戦いを過大視して国際化するのではなく、問題解決の局地的対処こそが必要かつ有効と説いている。筆者のステフェン・ウオルトはハーバード大学院教授であり、国際関係論学界の重鎮。彼は理論的には「現実派」に属するとみられているが、軍事力に依存する国際政策を戒め、幅広い非軍事的な国際協力を提唱している。

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歴史上、あらゆる革命国家の誕生は内外から激しい敵意に直面
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 血なまぐさい戦術と宗教的過激主義をこれまで目撃してきた多くのものにとっても、イスラム国(IS)は特に理解に苦しむものであり、また異常に危険なものに見える。その指導者たちの言明によると、ISは異教徒を根絶させ、シャリア(イスラム法)を世界的に強制し、救世主の再来を望んでいる。ISの武装兵士たちはこの目的を恐るべき残忍さで追及してきた。

 領土支配にほとんど関心を示さなかった従来のアルカイダと違い、ISはその支配する領土に原初的な国家を建設しようとしている。権力機構、税制、教育制度について明確な路線が確立されており、高度なプロパガンダ活動が行われている。「統治上の国」と名乗ってはいるが、現行の国家主体の国際システムを否定している。

 暴力的傾向、壮大な野心、領土的支配を結合した過激な運動は、決してISを嚆矢とするものではない。ISはその宗教的主体にもかかわらず、長い歴史のある革命的国家建設を目指した集団として最近の一例に過ぎない。多くの面で驚くべき程の類似性のある政権が、歴史上、フランス、ロシア、中国、キューバ、カンボジア、イランの革命から登場している。

 それらの運動もISと同じように既成国際秩序に敵対的であったし、ライバルを打倒するためには容赦なく暴力を行使し、その力を世界に誇示した。以前の事例は今日のISを考察するうえで有力な参考になる。革命が大国で起きた時には、深刻な国際的危険を伴うことになる。その理由は、大国だけがその革命的諸原則を他に広げる力を持っているからである。ところが、ISには大国らしきものとなる可能性は全くない。以前の諸革命と同じように国外からシンパを吸引しているが、そのイデオロギーは偏狭であり、その力量が非常に限られているので、同様な政権をイラクとシリア以外に樹立する推力はない。

 革命政権を転覆させるための外部介入が裏目に出やすいことは、歴史の教えているところだ。介入は強硬派を力づけ、革命運動を拡大させる機会をさらに提供する。イスラム国を「減速させ、究極的に破壊する」ことを目的とするオバマ政権の軍事介入は、イスラムに対する西欧諸国の敵意と威信を高めうるが、イスラムの確固たる擁護者たちの主張を裏打ちすることにもなる。よりましな対応は、ローカルなアクターに依存し、辛抱強い封じ込め政策をとり、アメリカが背後に退くことである。

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過激派が政権を奪取した場合 — 普遍的拡大の夢は短命
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 革命とは、既存の国家を異なる政治原則に基づく統治形態に取り換えることである。このような大変動は、通例、前衛党か叛乱者集団によって指導される。ロシアのボルシェビキ、中国共産党、カンボジアのクメール・ルージュ、イランのアヤトラ・ホメイニとその支持者たちなどが好例だ。場合によっては、革命運動は既存の政権を転覆させるだけでなく、旧秩序が他の理由で自壊した真空を埋めるものである。

 これまでの革命は、巨大な障害に直面しながら行われる暴力的な闘争によって遂行された。政権を転覆させ、その後の支配を確立するために、死をもいとわない覚悟を持つよう、指導者は支持者を納得させなければならない。革命集団は支持者の服従を強い、犠牲を奨励するために、誘い、脅迫、主義への盲従を重ね合わせる。これらはまさしく現在ISが行っていることに他ならない。

 特に、極端な方法を正当化し、犠牲が成果に結び付くことを納得させるうるイデオロギーを革命運動は提供しなければならない。このような信念の具体的な中身は異なるが、既存の秩序の根本的な転換が不可欠であり、闘争が必ず勝利することを支持者に説得するのが目的だ。典型的な革命イデオロギーはこれを次の3つの方法で遂行する。

 第一に、革命集団は反対者たちを邪悪、敵対的かつ矯正不能とみなす。したがって、妥協は不可能である。旧秩序を徹底的に破壊、転換しなければならない。18世紀フランスの革命家たちは、ヨーロッパの王制を改革の不能な腐敗し不正義な存在とみなし、国内での過激な措置を正当化するとともに、ヨーロッパの他の王制との戦争を不可避と見なした。レーニンとボルシェビキは、徹底的な革命のみが資本主義に固有な諸悪の根源を除去できると強調した。「帝国主義者は肉切り包丁を決して手放さない」と毛沢東は述べたし、ホメイニはシャー(イラン皇帝)にについて同様に考へ、「窒息するまで首を絞めよ」と指示した。ISも同じことを行っている。

 第二に、革命集団は支持者たちが団結しているならば、勝利が必ず実現すると主張する。レーニンは資本主義が自らの矛盾で滅ぶ運命にあると論じ、毛沢東は帝国主義者を「張り子のトラ」と表現した。革命が究極的に勝利を決定づけられていると支持者を安心させるためだ。ISの現在の指導者、アブ・バクル・アルバグダディは「わが国家は健在かつ最良の状態にあり、その前進は止められない」と2014年11月に支持者たちに言明している。

 第三に、革命集団指導者は自分たちのモデルが普遍的に適用しうるとみる。勝利の暁には何千万、何億人もの大衆を解放し、より完全な世界を創出、崇高な計画を実現することを約束する。1790年代のフランスの過激派は「普遍的自由のための聖戦」を唱えた。マルクス・レーニン主義者は、世界革命が階級と国家のない、平和な世界共同体を創出すると信じた。同様に、ホメイニと彼の支持者たちはイラン革命を非イスラム的な民族国家システム廃止とグローバルなイスラム共同体確立の第一歩とみた。同じように、IS幹部はその原理主義的なメッセージがムスレム世界全体とそれを越えて妥当するものと信じている。

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革命よりも敵対的介入が戦争を誘発
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 革命が大きな不確実性を生み、それが誤算を招く。革命初期に新政権は外部との直接的接触がほとんど皆無なので、国外からは彼らの本当の狙いを計測できず、腹蔵のないコミュニケーションができない。IS最高幹部に会った外部者がほとんど皆無なので、彼らの本当の意図と決意はミステリアスに映る。

 革命国家の戦闘能力を判断するのは困難だ。それが非常に異なる社会基盤に依拠している場合には、なおさら至難。オーストリアとプロシャはフランスの革命勢力を軍事的に打破するのは容易と考えていた。ところが、熱狂的ナショナリズムと国民総動員の徴兵によって、革命後のフランスは欧州最強の軍事力となった。サダム・フセインは、イラン革命が王制を打倒したのを攻撃の好機と判断する誤りを冒した。1980年にイラクがイランに侵攻した時、聖職者は革命防衛隊などの新勢力を動員、戦線を巻き返してイランが優位に立った。

 革命伝染の恐怖には一定の根拠があるとしても、革命伝播力の判断は不可能だ。革命国家が国外に共感の波を生むのは想定されうるし、外国人シンパをその旗のもとに引き付けるのは不思議ではない。1790年代には、欧州の反王制派がパリに参集した。ハーバード大卒の社会活動家ジョン・リードなど、西欧のインテリ多数がボルシェビキ革命後のロシアを訪問した。こうした反響が革命伝播力への恐怖を増大させた。

 問題をさらに複雑にするのは、革命後の新体制から逃れる難民の洪水である。亡命者は自分の復権を援助してもらいたいので、新国家の犯罪性を生々しく誇張し、新体制の脆さを外部にむけて強調しがちだ。フランス、ロシア、中国、キューバ、イラン、ニカラグアの亡命者たちは、母国に介入させるよう外国勢力に働きかけたが、彼らの助言を取り入れた外国政府は後悔することになった。

 皮肉なことに、ほとんどの革命に付随する不確実性が新国家の生き残りに役立った。革命それ自体と、介入から生まれる混乱を他の勢力が利用することの脅威のいずれが大きいかは、外国政府が容易に判断できることではない。このような複雑なダイナミクスは今日のISにも当てはまる。ISはその領土内で安全保障と基礎的サービスを提供、メッセージをオンラインで発信、敵対者と地上戦を行う上で、驚くべき能力を示している。何千人もの外国人兵士を募る力は、ISのアピールの強力さと他国に対する攻撃の潜在的な能力について懸念を高めている。イスラム国から逃れた亡命者はこのような恐怖を増幅して喧伝し、新国家がこれ以上強力になる前に潰せと敵対陣営に働きかけている。

 同時に、過去の革命運動に対するとまったく同じように、反対者側の相反する利害がIS対策の協調性を弱めている。アメリカとイランの両方ともにISの没落を願っているが、それがイラクに対する相手の立場を強めることを懸念している。トルコはISを脅威とみているが、シリアのアサド政権を嫌っており、自らの行動がクルド勢力のナショナリズムを利するのを恐れている。サウジアラビアはIS原理主義を挑戦とみているが、それに劣らずイランとシーア派の影響を恐れている。その結果、いずれの国もIS排撃を最優先していない。

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革命国家は時とともに成熟する — 歴史の教訓
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 革命が広がりうる場合は、次の二つである。強力な革命国家は征服に存続を依拠する。1790年代のフランスは欧州全土において王制に対する戦争を繰り広げた。第二次世界大戦後、ソ連は東欧を征服した。しかしながら、弱い革命国家はせいぜい刺激を与えるのを期待しうるのみである。金一族の北朝鮮、カストロ下のキューバ、革命政権下のエチオピア、クメール・ルージュのカンボジア、サンディニスタ支配のニカラグアなどには、武力でそのモデルを広げる実力がなかった。

 ISもそのような実力を持っていない。ソ連は強力な赤軍のおかげで東欧に共産主義を押し付けたが、アメリカの情報によれば、イスラム国はわずか30,000人の信頼しうる兵力を持っているに過ぎず、武力征服の能力を有していない。ISが今やイギリスと同じ面積を支配していると誇大視する論者もいるが、その支配下とみられている土地の大半は無人の砂漠に過ぎない。

 革命を戦争以外の方法で伝播させる第二番目の方法でも、それ相応の経済的な実力が必要である。IS支配地の石油などの生産とサービスの規模は、中米の極小国、バルバドスと同規模である。ISの予算は5億ドル程度と推定されているが、それはハーバード大学年間予算の10分の1に過ぎない。ISは大国どこらか、少数の住民を抱えるだけの低開発小国に過ぎない。

 ISの力量が小さなものとはいえ、それを根絶することは容易ではない。革命を軍事力で潰そうとすることが、不測の結果を招くことを歴史は示している。これまでの最上の政策は「封じ込め」であった。時の経過とともに、革命運動は自からの重みで、あるいは内部分裂によって自己崩壊することがある。それは好ましいかもしれないが、保証されてはいない。

 幸いなことに、歴史はすべての革命国家が時とともに成熟し、「普通の国」になることを示している。トロツキーの世界革命論はスターリンの「一国社会主義」に敗れたし、毛沢東の国内的に過激な政策は国際的なリスク回避政策を伴っていた。革命後のイランも同じ軌跡をたどり、外交政策は慎重かつ計算された手法で進められた。究極的には、革命に敵対したアメリカもこれらの諸国と仲直りをするに至っている。

 ISがその革命的ビジョンを穏健化ないし放棄するまでの近未来は、イスラム国を封じ込める必要があるだろう。イスラム国は弱体であり、そのメッセージは粗野なので、国境を超えて広がるのを阻止することは困難ではなく、アメリカが少しの手を貸すだけで済む。クルド、イラン、イラク・シーア派、トルコ、ヨルダン、イスラエルなどが、ISの拡大を手を拱いて見逃すはずがない。

 アメリカがISに敵対する音頭をとることは、どのような事態にもかかわらずアメリカが関係国を保護するという幻想を与え、地域的な諸勢力が傍観、あるいはただ乗りするのを奨励するだけであり、ISのプロパガンダに手を貸す。アメリカが過剰介入を避けることこそ、IS封じ込め政策を成功させるカギだ。介入回避アプローチは、捕虜の殺害、テロ攻撃、遺跡の破壊、その他の挑発にクールに対処することだ。このような規律と自重を維持することは、24時間ニュースと党派政治の時代において容易なことではない。また、アメリカの軍事外交政策機構の介入主義的本能を制御するのも容易ではない。

 あらゆる国際的な悲劇はアメリカにとっての脅威ではないし、アメリカの武力によって解決できるものでもない。イラク侵入によって911事件に対応したのが大間違いだった。これこそ、ビン・ラーデンの思惑通り挑発に乗ったものだ。ISは、アメリカがもう一つの誤りを冒し、中東に武力介入することを大歓迎するだろう。同じ誤りを繰り返すことはさらに大きな誤りである。

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■ コメント ■
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 ISについては混乱した見方が横行している。この勢力を理解不能で、野蛮かつ非近代的な狂信的なものとし、武力制圧を当然視するのがマスメディア報道では支配的なので、この論文を読んだときに目を洗われるような感銘を受けた。

 革命は、それが大国で行われた場合には、特に他国にも大きな影響を与えるが、それ自体伝播性を持つものではない。あらゆる革命はそれが発生した国の個別的な内部事情によるもので、外的要因の輸入から生まれるものではない。また、革命が成功した国において、その熱狂が長期に永続することはない。これは歴史が示している。革命への恐怖はそれにより不利益を被った者たちによって誇大に増幅され、革命を敵視する勢力がそれをマスメディアで煽る。それによって、軍事介入への道が開かるが、こうした介入は成功するよりも、バックファイアーして逆効果となる。筆者の論旨は明快かつ説得的である。

 アメリカの著名な国際政治学者が、アメリカの軍事介入を求める声が高まっている時点において、このような見解を代表的外交専門誌に発表したことの意義は大きい。オバマ政権が継続する本年末までは、こうした抑制が効く可能性は残っている。しかし、共和党政権が誕生しなくとも、アメリカの産軍・金融エスタブリッシュメントを代表するクリントン女史が大統領になると、軍事介入政策が拡大する危険は増す。安倍政権がそれに悪乗りする危険も高まるだろう。

 (筆者はソシアルアジア研究会代表・オルタ編集委員)


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