■TPP前夜に農業の価値と対策を考える  濱田 幸生

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 TPP以降をいやでも考えねばならない時代になりました。だからこそ、今こ
そなにが「農の価値」なのかはっきりしておかねばなりません。
 今後わが日本農業は動乱の時代に入ります。その時、何を私たち農民は守って
きたのか、何が農業の仕事だったのか同胞に対して説明していかねばなりません。

 それを皆んな日本人なんだからわかってくれているだろう、という甘えが私た
ち農業にはありました。もう甘えは許されません。私たち農民は主張する時がき
ました。

 TPPの関税についての考えは、国境での保護を撤廃しようというのが趣旨で
あり、国内で保護すること自体は禁止していません。

 農業は「保護」されねばなりません。まずこれが大前提です。こう書いただけ
で構造改革論者はアレルギーを起すでしょうが、農業が国の基幹的な国土インフ
ラであるという認識は、洋の東西を問わず共通であり、EUや米国などは強烈な
自国農業保護論者ですらあります。

 なぜ農業が国土の基幹インフラなのでしょうか。改めてそこから考えていきま
す。TPP推進派の中には、私たち農業者を既得権益者と見立てて、なにが恨み
なのか知りませんが、日本農業潰せばいい世の中になるとでもいいたげな人が多
く見受けられます。

 農業関税はコメが778%という突出して高い関税を持っているために勘違いさ
れていますが、野菜など関税わずか3%です。農業分野全体の関税率平均は11.7
%で、他の工業製品関税と変わらない水準か、それ以下です。

 グローバリストはコメばかり取り上げて、日本農業は国際競争力がないと言い
募りますが、衣類の関税が10%ですから、農業はユニクロより強い国際競争と戦
っているのです。ではコメをなぜ高関税の防壁で守っているのかといえば、水田
が日本の自然コントロールの根幹をなしているからです。

 新自由主義者は、コメを生産基盤の「水田という存在」が日本自然の中で果た
している機能から切り離して、ただの市場商品としてしか見ていません。ではこ
こで、「水田」が位置する日本の国土はどのような特質があるのか、改めて考え
てみましょう。

 我が国は文句なく、世界最大の自然災害大国です。毎年襲ってくる大型台風、
地震災害、土砂災害、豪雪災害、まるで自然災害の博覧会のような国です。それ
は我が国が過酷な自然条件を持っているからです。

 南北2千キロ、東西2千キロにおよぶ島々からなる列島であり、その中央部には
2千メートル級の脊梁山脈が伸び、平野部は狭く、山岳地域の地質は崩落しやす
い風化岩であり、そして河川はそれに沿って急流で海まで下り落ちます。積雪地
域は国土の60%に達し、いったん豪雪となると、たちまち交通機関が麻痺し、と
きには今回の北海道のような大規模停電が引き起こされます。

 数多くある離島は、時化れば食料不足に陥ります。急病人もヘリで搬送せねば
なりません。そしてご丁寧にも、3つプレートが集合している所に国土があるた
めに、世界の0.25%の地表面積しかないにもかかわらず、マグニチュード7以上
の大地震の実に20%が我が国で発生しています。これだけの自然災害大国に、な
ぜ1億3千万人もの国民が文明生活を営めるのかといえば、自然災害に対していく
つもの自然をコントロールする防御機構を備えているからです。

 急峻な山から流れ出した急流は、まず山懐の水田に流れ込み、そこでいったん
蓄えられて水量と水速のエネルギーを失います。いわば水田はミニ・ダムなので
す。実際、水田の貯水量は大型ダムに匹敵する容量をもって、日本の自然をコン
トロールしています。もし水田がなければ、「まるで滝のようだ」と明治期に来
日したヨーロッパ人を驚かせた我が国の河川は暴れ川となって、大水のたびに洪
水をもたらすでしょう。最近でも四国の四万十川の大洪水は記憶に新しい所です。

 小さな川は全国各地にありますが、大水の時には急流となります。その時に溢
れた水は、いったん水田が吸収し溜め込みます。また干ばつの時には、水田に付
属するため池から水を放出して凌ぎます。これが水田のダム調節機能です。歴史
的に我が国ほど治水に知恵と力を出してきた国はありません。川を治めた者のみ
が為政者たる資格があるとされるのが我が国の伝統でした。武田信玄は優れた民
政家でしたが、彼が作った霞堤は暴れ川を見事に水田に引き入れて手なずけてい
ます。

 その伝統はいまでも受け継がれています。それが水田と林業による治水です。
 崩落しやすい山肌はいったん裸山にすると崩落して住宅地を襲い、河川を埋め
て大水を引き起します。それをさせないために日本人は山を守り、水田を守って
きたのです。歴史的に農業と林業は一体のものでした。しかし林業は輸入材に押
されて衰退の一途をたどり、水田農業がかろうじて残っているたけです。ですか
ら、水田が放棄されていった地域では、「水田ダム」がないために水害が頻発し
ていきます。

 このように水田はコメ作り以外にも、治水、環境整備、景観保全、生物多様性
の確保などの多機能を備えており、それらを含めると単にコメの価格だけで計れ
ない大きな意味での自然災害から国土を保全する働きをしているのです。

 もし水田がなければ、我が国はこの過酷な自然から国民を守るために、多大な
防災コストをかけねばならなかったでしょう。外国のコメが仮に我が国のコメよ
り安価だとしても、輸入米には我が国の国土と国民を守ることはできません。い
ったん水田を失くしてしまえば、1年間で雑草が身の丈ほど伸び、2年で田んぼの
底が抜けます。

 そして、機械はさびつき、世界一と言われる米作りの技術も5年以内に失われ
ていきます。そうなってしまえば、もはや我が国はもう一度コメを作ろうとして
もその基盤も人もなくなるのです。

 私たちは日本の米作りを守ろうとしています。それは高い安いというだけのお
金の価値で置き換えることのできない「自然をコントロールする」という価値が
農業の中にあるからです。

■田んぼという環境スタビライザー

 ある方からこのような農業批判をいただきました。

「1)国土の保全が水田の役割というが、700%超もの関税で守っているのであれ
ば、水田以外の方法でやったほうが最終的なコストは安いのではないのか?
 2)水田が生物多様性に寄与しているというのは本当なのか? 農業というの
は基本自然破壊を伴うのでは?(景観は確かに保全されるが)
 3)仮に1)2)の目的を水田が果たしているとしても、コンニャク、小麦、バ
ター、砂糖等の関税が異常に高いことは正当化できない。
 4)農業従事者の主たる反対理由は、上記1)、2)等ではなく「自分達の生活
が苦しくなるから」と一般には受け止められている。(集会等で政治家を罵倒し
ている旧態依然とした態度はそうした見方を助長。)
 そう受け止められている以上、1)2)は詭弁だと言う人が多数でるのは自然な
ことの気がする。」

 なるほど。馬鹿にして言うわけではなく、一般の人の農業に対する誤解がギュ
っと集約されていますね。

 さて1)についてですが、結論から言えば、農業という環境維持のためのスタ
ビライザー(安定化装置)を利用しないと、防災インフラを再構築せねばならな
くなり、その公共投資のコストは天文学的になりますよ。
 農業という存在を田んぼ単体で考えているから分からなくなるのです。田んぼ
は「システム」なのです。

(図)座間市HPより
 http://arinkurin.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncatego
rized/2013/03/21/photo.jpg

 田圃にはその灌漑のための水系が付属します。河川から水を取り込む小規模河
川、網の目のような農業用水、そして干天に水を放出し、大水の時に水を蓄え込
むため池などがそうです。また、田んぼに常に水を涵養しておくための山も重要
な存在です。田んぼを作るためにはげ山に植林し、その森林が水をしっかりと蓄
えられるようになって初めて「田んぼ」が出来るのです。

 いわゆる水田は、田んぼという土と水のエコシステムの一部でしかありません。
さらにこの水田から出来るコメだけ取り出して700%の関税がうんぬんという議
論は、木を見て森を見ない議論に思えます。
 もっと大きな目で見て御覧になりませんか。これが分からないと、ではどうや
ってこの700%超の関税を改革していくのかという議論につながりません。

 そうでしょう。その価値がわからない人が、コメの価格だけ高い安いと言って
も始まりませんものね。さて、北朝鮮でなぜ大水が頻繁に起きるかご存じでしょ
うか。酔狂にもわざわざ見に行った人の話によれば、天井川になっているのです。
天井川とは、河川の底が土砂で埋まって岸より高くなっている河のことです。こ
んな河はたいした大雨でなくてもすぐに溢れます。

 この土砂はどこから来るのかと言えば、河沿いの山肌の崩落が原因です。北朝
鮮の山ははげ山なのです。それは樹を引っこ抜いて、山に土留めもせずに根の浅
いトウモロコシをビシッと植えたからです。こんなことをすれば、山はどんどん
崩れていくのは当たり前です。今、現代日本人が漫然と見ている山もかつての先
人たちの営々とした植林によって出来ました。昔、盛んになるのは江戸中期頃か
らですが、米を食いたければ山に樹を植えるところから始まりました。

 漫然と植えたのではなく、樹が水を蓄えることを当時の人が知っていたからで
す。それが治水に役立つこともそれ以前から知っていました。そして苗を植えて
100年、やっと山が緑に覆われてくる頃、初めてそこから湧き出る水を集めて田
んぼを作りました。そして水を山から引く農業用水路を整備し、天候の変動に備
えてのリザーブ・タンクとしてのため池を堀りました。もちろん縄文末期から田
んぼはあるのですが、植林、山の手入れ、水路などを一体のものとして作り始め
たのはこの頃からです。

 こうして、今の見学の外国人が公園のようだと評する農村風景が出来上がりま
した。樹を植えて三代。そこから稲ができるまでまた一代。毎年の山の手入れは
永代。川さらい、農道の普請は地域で毎年。まったく気長な話です。
 これを営々と村の共同の作業として維持してきたのが「田んぼ」なのです。人
々の汗の積み重ねがあって、日本の土と水は保全されてきたといえます。

 この営為を農業批判者の言うように「生活」のためだというなら、そのとおり
です。「生活」のためにコメを作り、森林を保全し、河川を維持してきたのです。
そのなにがいけないのでしょうか。さてこれを、「水田以外の方法」でやってみ
るとなると、どうなりますか。今、60年代に作った全国の公共インフラは耐用年
数を迎えつつあります。笹子トンネルの崩落事故などはその前兆です。

 これは公共事業=悪玉論によって公共事業費を削減し続けたからです。公共事
業費を消すると、真っ先にメンテナンス部門にしわ寄せが行きます。ですから、
今早急に道路、河川、トンネルなどの補修事業をせねば、想定される大地震など
の天災でまた多くの国民が亡くなってしまうことになります。それだけで巨額な
公共投資を要します。しかし、やらないわけにはいかないわけです。

 この時期に、わが国の国土特有の治水の要である水田や小規模河川、それに付
随するため池、農業用水、そして山の手入れを全部潰すとなるとどうなるでしょ
うか。
 あまりシミュレーションしたくないのですが、基幹的公共インフラの整備です
ら膨大な財政支出が必要な上に、今まで「農業」という見えない形で支えていた
ものが消滅するわけですから余り想像したくないことになるのは明らかです。

 北朝鮮なみに年中河は溢れ、住宅地や農地は水に漬かり、道路は寸断され、ト
ンネルは埋まり、河口付近の湾は河から押し流される土砂でとんどん浅くなって
港湾機能も失われていくことでしょうね。
 これを「他の方法で」で解決するとなると、田んぼの代わりに小規模多目的ダ
ムを全国に無数に作ることになりますね。もちろん税金でです。まぁ、そんな金
があったらの話ですが。

 多目的ダムはこんな概要です。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%BB%E6%B0%B4%E3%83%80%E3%83%A0

 容量は河川によっても異なりますが、たとえば小型の熊本県球磨川・五木ダム
が36万m3の貯水量があります。建設コストは一概に言いきれませんが、群馬県倉
淵ダム(建設中止)、当初予算の275億円は最終的には550億円となったようです。
大体は用地買収などが手間取って当初予算の数倍にハネ上がっています。
 第一、作りたくとも今や八ッ場ダムで分かるように、環境破壊がひどいので建
設のためのコンセンサスがとれなくなってきています。

 一方、仮に田んぼに20cm分だけ貯水したとすると、大分県の試算では、10アー
ル当たり200トンの雨水を受け止めるのに相当し、大分県内の水田(4万2500ヘク
タール)すべての貯水量は、1240万m3となり、小型ダム約3基分に匹敵する貯水
量があります。
 http://www.oita-press.co.jp/bousai/115571175632564.html

 馬鹿げてはいませんか。農業が黙々とやってきた環境スタビライザー機能を他
の手段で置き換えるというのは。言うのは簡単ですが、まったく割に合わない愚
行です。
 別にこれはわが国だけに限ったことではなく、世界中どこの国でも農業が国土
の基本インフラであるのは常識です。農業は取り替えが効かない部門なのです。

 だから農業保護ということにどこの国も必死になるわけです。それをしなけれ
ば、国土が崩壊して、外国産の安い農産物で潤う以上の損失を国土にもたらすこ
とがわかったからです。

 よく「食の安全保障」といいますが、それは単にカロリーで表記できるだけの
ものではなく、農業が守っている国土インフラ保全の安全保障まで含む概念だと
私は思っています。今の中国のように無計画にそれを壊してしまうと、修復には
とてつもないコストと時間がかかることを、多くの国は理解しているからです。
だから、一般的な競争原理にはなじみません。といって、誤解されたくはないの
ですが、まったく今までどおりでいいとも私は思っていません。

 減反政策と高関税は一対のものです。減反を維持するために馬鹿げて高い高関
税を敷いているのは事実です。私はもはやこのような関税ブロックは賞味期限切
れだと常々思ってきました。その意味で、私は農業の改革が必要だと考えている
者です。ただし、それを卑怯にも外国の黒船の力を借りるTPP推進論者ではな
いだけです。

■TPP JAは日本農業を守るため自らコメの大型経営に挑戦しろ

 減反(※)の廃止をお話します。減反を廃止しない限り、TPP攻勢には勝て
ないと考えているからです。(※農水省の呼称は「生産調整」)
 お前はいつから構造改革論者になったんだと言われそうですが、まったく違い
ますので、もう少しおつきあいください。

 兼業農家から専業農家層に水田の集約が順調に進んでいればなんの問題もあり
ません。地域差があるのかも知れないと思いますが、私には進んでいるとは到底
思えません。一時はかなり進んだかに見えた時期もあります。兼業にとって今の
米価はまったくメリットがないはずですから。しかし、この数年、特に民主党の
農家戸別補償が出てからいっそうひどくなった気がします。あれで貸しはがしの
ようなことも私の地域ではいくつも起きています。

 ですから、この数年は農地の流動性や集積は最悪で、農業者同士の売り買いは
おろか、貸し借りすらも低迷しています。これは石破農政が意識的に進めてきた
土地集積化を民主党政権が否定したからです。では、なぜ石破農政が否定される
方向に進んだのかといえば、それはJAが反旗をひるがえしたからです。

 あの3年半前の民主党の地滑り的勝利という悪夢は、1人区でのJA単協の隠然
たる民主党支持があったからではありませんか。その理由はいうまでもなく4品
目横断政策が、JAの逆鱗に触れたからです。その時、多くのJA関係はなんと
言ったのでしょうか。「小規模農家切り捨てを許さない」でしたね。言い換えれ
ば、兼業切り捨てるなということです。

 ひとつの地域に専業のコメ農家などそう何人もいるわけではありません。ひと
り一票となれば負けます。というか、専業は兼業と争う関係ではなかったので、
黙ってしまっただけです。さて、一般の方にもわかるように減反の説明を続けま
す。

 高関税は、減反制度という世にも奇怪な制度と連動しています。なにせ国が半
強制的に作らせないのですからスゴイ。昔は作れ、作れ、沢山作ったら表彰だ、
と言っていたのが、今は作ると痛い目に合うぞとばかりに、お国の監視員が見回
りに来ます。こんな不毛な仕事に農水省は万余の役人を張り付けています。まっ
たくバッカじゃないかと思います。

 コメを作ると悪いことのようで、減反割り当てが、たとえば36%と決まると、
減反の消化で本業の農業がおろそかになるほどです。なにせ36%です。耕作する
水田の実に4割弱を「作るな」というのです。冗談ではない。こんな馬鹿なこと
をやっている国は世界広しといえどわが国だけです。リッパな価格カルテル行為
です。公取委なんとかしろ。

 昔は青刈りといって植えてまだ実が入らない前に刈り取っていましたが、余り
に農業者の評判が悪いので(そりゃそうだ)、何か植えることにして転作という
形にしました。だいたいが飼料用米といってまずくて大量に出来る品種を作って、
家畜にやるのが流行っています。

 ほとんどが税金の補助で成り立っていて、なにが飼料の自給なんだかと、農家
は陰で笑っています。表面的には外国に頼っていた家畜飼料を、国産自給のコメ
で達成すると美辞麗句を吐きますが、内実はなんのことはない税金まみれの減反
対策にすきません。

 次なる流行は米粉です。炊きたてにひと粒ずつピンっと立ち上がるような世界
一のコメを、うどん粉よろしくなんと粉にしてしまうんですから、なんともかと
も。
そして最大の悩みはこんなうどん粉みたいなコメ粉は売れないときています(苦
笑)。

 そんなバカな減反があるのは、「赤信号皆んなで渡れば怖くない」とばかりに
兼業農家の大量温存をしてしまったからです。

 馬鹿げた農政も大量に利害関係者がいれば合理化できるというわけで、それを
何十年もやってくればもはや利害でがんじがらめで、身動きがとれません。この
減反は、農業者のやる気を著しく削ぎました。説明する必要もないでしょう。20
ヘクタール、50ヘクタールやっているやる気のある農家減反割り当ては一律なん
ですから。この減反を墨守するために、外国からの安価なコメと価格競争しない
ように、高関税が必要だったのです。

 農業以外の人たちに誤解していただきたくないのですが、こんなおかしな制度
はコメだけです。
 よく知ったかぶりのコメンティターが、「高関税で守られている農家のために
都会の消費者は世界一高い農産物を食べさせられているんですよ」などと聞いた
ようなことを言っているのをみると、情けなさでがっくりきます。そりゃコメだ
けだろうが。

 私はあえて減反という誤った農政を廃止するためには関税がなくなることも視
野にいれろ、と言っています。

 そんなに輸入米が怖いのなら、市場原理でブロックできるていどの価格にすれ
ばいいのです。その目安はカリフォルニア米の9000円です(※1 参照)。
 日本の農家が思うほど大変ではありません。いまでもコシヒカリ以外の一般米
は1万円強じゃないですか。1万円という心理的な大台を切りたくないというのは
分かるのですが、仮に切っても国が直接支払いで補填すればいいだけです。

 9000円という価格(変動する可能性はあります)に、国産米が追随できれば、
一挙に輸入米を阻止できるだけではなく、日本米という超高級ブランド米の輸出
もごくあたりまえに可能となります。現在、輸出用精米施設が全農所有の一カ所
しかありませんが、そのようなものは、国単位で本気になればいくらでも増設で
きます。

 あらかじめお断りしますが、輸出=構造改革論者ではないですよ。どうもあっ
ちら関係が輸出ばかり言うから、まっとうな農産物輸出までが白い目で見られて
しまう。

 日本のコメ市場は飽和状態です。ならば生産性を上げて、生産量を増やすため
には輸出も必要です。高級米だけてはなく、一般米でもそうとういい勝負になる
と思っています。米国はかならずTPPによって日本農業に参入しようとしてき
ます。こっちのほうがはるかに輸入米より危険なのです。

 関税撤廃を守っても、壁の内側で作られてはどうにもなりません。国内異業種
の参入も盛んになると思われます。その時、今のような兼業農家=パートタイム
農家ばかりのコメ作りでどうして勝てますか? 私は兼業農家を「寄生虫」だな
どと思ったことは一度もありませんが、(そんなことを思ったら村にいられませ
んよ)限界があると言っているのです。

 たしかに、コメの生産額は1.5兆円から最悪で7500億円にまで落ちますが、こ
の落ちた差額を農家への直接支払い(ダイレクト・ペイメント)で補うことは十
分に可能です。だって、今でもそれと同額以上を減反補助金やなんやで使ってい
るでしょう。直接支払い制度は欧米でも盛んに行われており、WTOでも認めら
れている農業保護策です。

 そうなった場合の問題は、直接支払いを今の農家戸別所得補償制度のように減
反を受け入れることを条件にして「広く薄く」交付するのか、あるいは、まった
く両者を切り離してしまって減反を止めて専業のコメ農家をもっと増やす方針に
転換するのか、です。ここで兼業農家を組織化しているJA全農がどのような決
断をするかが問題になってきます。

 JA全農は揃いの鉢巻きを締めた傘下JAの大部隊の示威運動が、かなりの国
民に反感を受けているのを知ったほうがいい。もう米価闘争の時代ではないので
すよ。

 ではどうしたらよいのでしょうか。私は、JAがコメ作りから離れていく兼業
農家の農地を異業種に渡さずに、自らが集積して大規模コメ作りに乗り出すこと
を提案します。

 外国にもこのような例はあります。カナダです。
 NAFTA(北米自由貿易協定)によってカナダの穀物生産は短期間で危機的
状況を迎えます。小麦、大麦、油糧穀物(キャノーラ)、食用牛の加工までもが、
7割から9割米国系アグリビジネスに独占されるという事態が生じました。

 それに対抗してカナダ農協は、各地域の協同組合組織を統合して株式会社化し
ます。これと似た対抗措置は、米韓FTAにおいても韓国が牛肉などの流通統合
や合理化でしています。もしこのカナダ農協の統合政策がなければ、間違いなく
カナダ農業は短期間でほぼ完全に米国支配に置かれてしまったであろうことが想
像できます。

 現行法でも「農協出資農業生産法人」は可能であり、このような迂回的方法に
よらずとも可能です(※2)。資本力や技術力はJAに集中的に集積しているは
ずで、今のようにそれを耕作放棄地対策に限定してしまうのはもったいないでは
ありませんか。さもないと、あの競争力会議に巣くっている新自由主義者どもが
「規制改革」の名の下にJAをやり玉に上げてきますよ。

 ここで、コメ関税撤廃→減反廃止→直接支払い制度への転換→専業コメ農家へ
の農地集積・JAの大規模生産への本格参入、という新しい流れが生まれれば、
日本の農業は大きく変わります。国内異業種の参入や、農地の株式会社取得、農
業委員会の位置づけなどの問題も付随して噴出してくるでしょうが、それは「日
本の農家が日本の農地を耕作する」という原則を貫いて判断すればいいことです。

 米国にとってTPPの主な課題は関税ではありません。米国の狙いは非関税障
壁と投資に移ってきています。それにもかかわらずコメ関税に固執する余り後者
の危険を見ないのであれば、必ず負けてしまいます。むしろ経団連が考えている
ような財界主導型農業「改革」をさせないためには、JAによる自主改革が必要
な時代ではないでしょうか。

 小沢一郎氏が好んで使っていた言葉なのでイヤですが、「変わらないためには、
変わらねばならない」というビスコンティの言葉はまさに今の日本農業に向けら
れているようです。日本のかけがえのない美しい風土を守るためには、農業自身
が変わって行かねばならないので
す。

       ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

※1 カリフォルニア米
・高級品・・・「田牧米クラッシック(コシヒカリブレンド)」「田牧米ゴール
ド(コシヒカリ)」「玉錦(ゆめごこち・こしひかりブレンド)」「かがやき
(コシヒカリ)」「夢(ササニシキ)」「ひとめぼれ」。
・中級米・・・「ひかり米」「望(コシヒカリ)」。
・安価な価格米・・・「国宝ローズ(中粒米)」「錦(中粒米)」「BOTAN
RICE」「鶴米」「雪花」。

 高級品の田牧米は福島県出身の農民が作っており、まったく日本米と違いがな
いそうです。
 価格的には末端価格で、短粒米は、2011年3月現在では15ポンド(6.8kg)20~
28ドル。10㎏換算で29ドル~36ドル(94円換算で2726円~3384円)
 中粒米だと15ポンド14ドル。ただしまずいとのこと。
 参考までに国内米はコシヒカリ以外の普通米が10㎏で2500~4000円。

※2 「JA出資農業生産法人の今日的到達点とあり方をめぐる諸問題について」
 http://www.nohken.or.jp/21e.pdf#search='%EF%BC%AA%EF%BC%A1%E3%81%AF%E8%
BE%B2%E6%A5%AD%E7%94%9F%E7%94%A3%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%E3%
81%8B'

■TPP コメを関税で死守するのか、

       直接支払いに転換するのか

 TPPは一体どのような形で、日本農業に侵入してくるのでしょうか?シナリ
オをいくつか考えてみました。

1)コメ、小麦、乳製品、肉類などの関税撤廃
2)外国アグリビジネスの投資と関税障壁撤廃要求

 まず1)無関税化ですが、関税自主権は重要な主権ですし、たしかに砂糖や乳
畜産製品のように守らねばならない関税が存在するのも事実です。
 だからといって農水省とJA全農が言うような、「自給率が13%になる」とか、
「米価崩壊で経営崩壊」になるのかといえば、さてどうなのでしょうか。

 首相「決断」前までは友軍撃ちになるので黙っていましたが、結論から言えば、
これはJA全農傘下の兼業コメ農家の組合員防衛からのみ発想した論法にすぎま
せん。
 TPP反対=コメ兼業農家防衛に短絡させてしまったようなこのJA全農の方
針は、「農家と医者はうまいことやってきた。あいつらから既得権を奪い取るの
がTPPだ」という攻撃を招き寄せてしまいました。

 いくら多くの反TPP論者が、「農業問題だけがTPPではない、保険も医療、
金融こそが重要だ」と言っても、大多数の国民にはやはりTPP=高関税=農業
保護という構図ががっちりと印象されてしまっています。
 それが首相「決断」以後の各社世論調査に出てきたTPP支持率6~7割という
数字が示しています。

 さて、私たち他の分野の農業者から見ても、コメ兼業農家のあり方は特殊です。
野菜とも、果樹とも、畜産とも大きく異なっています。まずはここから押さえて
いきましょう。

 コメを作っている農家は140万戸といわれていますが、このうち1ヘクタール未
満が7割です。1ヘクタール以下では、いくら農村でも食えません。
 またコメ専業はわずか3万戸ほどにすぎません。というと、2割程度しか専業が
いないことになります。あたりまえですが、専業(官製用語で主業農家)が2割
しかいない農業分野などほかにはありません。

 農水省や自治体農政課は、このような兼業農家のことを「自給的農家」、ある
いは「零細農家」と呼んでいます。こういうくだらない言い換えはやめてほしい
ものです。本質を分かりにくくする日本人の悪い癖です。

 「自給的農家」というと、まるで自給自足の農的生活を送る古典的な農民のよ
うなイメージが浮かびますし、「零細農家」というと小規模だが歯を食いしばっ
てがんばっている農家のようです。
 もちろん違います。日頃は農村に住んで、街に働きに行って土日だけ田んぼだ
け出ているパートタイム農家層のことです。当然収入の9割以上は勤め人の給料
です。

 兼業農家のほうも儲かるからやっているというより、田を荒らしてしまうと申
し訳がないのでやっているのが実情です。
 沢山売るほど作っていないので「自給的」「零細」ということなのでしょうが、
兼業農家と言ったほうが分かりやすいと思います。この層が、地域によっても違
いますが、JA組合員のかなりの割合を占めています。

 コメ兼業農家層にとって、関税がはずれて米価が下がるとやっていけないので
JAはTPPに反対しているという側面もあります(それだけではありません。
念のため)。

 これは、農業の大きな柱のひとつである野菜と比較してみることでわかります
(※1)。
 コメは最短11日間程度の年間労働で出来てしまうほど機械化が進んでいますが、
野菜、畜産農家は手間の塊のためにほとんど兼業はいません。
 以上を見ると、こう言えるでしょう。

 農家戸数こそ野菜農家と変わらないように見えるが、その8割が兼業農家によ
って占められ、生産額もまた野菜の6割程度しかない部門が778%の高関税で守ら
れているのです。
 ですから、関税撤廃にピリピリしているコメ農家に対して、野菜農家にはほと
んど関税撤廃に対しての不安感はありません。

 今日は数字ばかりで恐縮なのですか、この不安を具体的な数字で見てみましょ
う。

 県によっても違いますが、昨年のコシヒカリの生産単価が、コシヒカリ1俵
(60㎏)1万2000~1万4000円。他の品種だと約1万円ていどです。これに減反協
力で2000円程度上乗せされます。
 生産原価は9000円から1万円弱といったところでしょうから、10アール作って
3万から5万円ていどの利益といったところです。減反協力金が出なければ、ガソ
リン代も機械代も鼻血も出ないでしょう。

 だからハッキリ言って、兼業農家はコメなど今でもやめたいのが本心です。し
かし止められないのは、稲作という農業は歴史的に共同体で維持してきたものが
故に、個人の判断だけでどうなるものでもない部分が今でもあるからです。

 たとえば自分の田んぼが農地改良区に入ってしまえば、その負担金を含めて替
わってくれる農業者の資格を持つ人にしか田んぼを売れません。
 こんな人は滅多にいるもんじゃありませんから、自分は街に勤めていても、泣
く泣くゴールデンウィークに家族に謝りながら田植えをすることになります。

 一方、専業農家は、ブランド化に努力したり、大規模化したりしてスケールメ
リットを得ることができます。
 また生産原価も集約化して15から20ヘクタールに拡大すれば、10アールあたり
6500円程度まで落とすことができます。

 コメは集約化か可能な技術が進んでいます。私の友人にも20ヘクタール以上や
っている男がいますが、労働力は彼と奥さんだけです。法人経営ならばその十数
倍は簡単でしょう。ただし減反さえなければですが。
 減反は兼業専業の区別なく頭割りで30~40%を削減することを命じてきます。
一般の人は想像できますか? 作りたいのに作らせない。頑張りたいのに頑張ら
せない。頑張ったら罰則が来る。それが減反政策です。

 この国はことコメだけは社会主義計画経済をやっているのです。
 つまり、兼業農家は止めたいのに止められない、専業農家は増やしたいと思っ
てもできない、こんな行き詰まった状況のなかでTPPは持ち上がったのです。

 さてTPPで関税が撤廃された場合、輸入米が市場に参入するでしょう。もっ
とも参入の可能性が高いのは、カリフォルニア米です(※2)。

 ではTPPでコメの関税はどのようになるのかですが、私はフィフティ・フィ
フティではないかと思っています。
 政治的理由で関税が守られるかもしれないし、他の6条件・5品目条件のための
捨て石になる可能性もないとはいえません。

 問題は、むしろTPP、関税とは関係なく、国内産のコメ作りをどうやって守
るのか、なのです。
 現在のように778%の高関税の高い壁を作って毎年77万トンのMA米(ミニマ
ム・アクセス)を国家輸入し、それの保管に百数十億円かけ、さらに減反のため
に6千億円の税金を費やし、早くやめたい兼業農家を守り続け、もっと頑張りた
い専業農家の足を引っ張る減反を続けるつもりなのでしょうか。

 こんな形が続くはずがない。そもそもこんな兼業農家頼みにしてしまった農政
自体が誤っていました。とうに専業農家がそれを担っていなければならなかった
はずでした。

 その決断が遅れたために、とうとう東京湾の沖で、TPPという黒船に大砲を
撃たれてパニくって、関税という土塁の陰に身を潜めている始末です。
 もはやこのような馬鹿げて高いコメ関税が諸外国に受け入れられないことは農
水省自身もよくわかっているはずです。

 TPPでコメ関税を死守しようとすれば、ウルグアイラウンドの比ではない譲
歩をせねばならないことは必至で、国内世論はそれを許さないでしょう。
 となるとTPPでコメの関税ブロックが消えたならば、減反維持のためにこそ
高関税をしているのですから、関税と減反は同時消滅します。

 ここで初めて今のコメの国家管理が崩壊し、コメの自由相場制が誕生します。
減反という足かせから自由になった専業農家は、撤退する兼業農家の水田を借り
受けて生産に励むことでしょう。
 結果、需給バランスが崩れ、おそらく3分の2程度まで一気に米価は下がり、コ
シヒカリで1万円前後、一般米ならカリフォルニア米の9000円とほぼ同一水準に
並びます。十分に経団連がいう国際競争力が可能な水準です。

        ゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

※1
1)農家数の比率
 ・コメの農家数  ・・・24.9%
 ・野菜の農家数  ・・・22.5%
 農家数が占める比率は一緒です。ただし、コメと野菜を作る農家が重なってい
る場合があることはお含みおきください。

2)国産比率
 ・コメの自給率  ・・・95%(ただしミニマム・アクセス米77万トン)
 ・野菜の自給率  ・・・80%
 ここもほぼ同一です。

3)生産額(22年度農林水産統計による)
 ・コメの生産額  ・・・1兆5517億円
 ・野菜の生産額  ・・・2兆2485億円
 ここで大きく差が出ました。野菜はコメよりはるかに大きな経済規模だと分か
ります。

4)関税率
 ・コメ  ・・・778%
 ・野菜  ・・・ 3%

 野菜はまったくノーガードだといっていいと思います。野菜分野は熾烈な中国
野菜との戦いを経験してきた結果、産地強化されてしまいました。今や質が悪く、
まずくて危険な中国野菜ごときはまったく敵ではありません。

※2
 米国産のジャポニカ米は市場でわずか4%しか流通していないので、どこまで
今後生産を拡大できるのかわかりません。これについては意見が分かれており、
カリフォルニアは水に制限があるから難しいとする人と、いやまだまだ生産余力
は大きいという人に分かれます。

 また東南アジアでは世界屈指のコメ輸出国のベトナムが控えています。日本商
社が開発生産方式でコシヒカリを作る可能性は十分ありえます。ニュージーラン
ドも、現在まったくジャポニカ米を作っていませんが、水量も多く、高い農業技
術を持つので生産に乗り出す可能性は捨てきれません。

 (筆者は行方市在住・農業者)
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